第10話 橘さんのピンチに僕は本気を出す
次の日の朝、僕は橘さんと電話番号を交換すると決心し、顔を洗い、制服に着替え食卓に行くと、既に妹の
僕は心の中で葉月にエールを送るとコップに牛乳を入れて席に着く。
「お兄、今日は早いね。いつもは遅刻ギリギリぐらいに起きてくるのに」
「たまにはそう言うこともあるさ」
「ふ~ん」
葉月は興味を無くしたように食パンを頬張ると暗記カードに目線を落とす。
僕はテーブルに置いてある食パンを一切れとりトースターにセットする。食パンが焼けるまでの間、牛乳を一口飲む。
「そういえばさ、お兄」
「ん~」
「彼女が出来たって本当?」
「ぐふっ!! ごほ、ごほ・・・・・・」
葉月が投下した爆弾発言のせいで飲んでいた牛乳が軌道に入り
「な、何で知って――――」
「動揺しすぎだって。昨日一樹君と喋ってるの聞こえたから。壁が薄いのも考えものだね。相手は誰? 私の知ってる人? 加奈ちゃんじゃないよね?」
「だ、誰だっていいだろ!」
「その慌てよう、本当にできたんだ彼女。今度紹介してよ」
そんなことを言ってくる葉月になんて答えようか考えていると、ちょうど母親が目玉焼きを皿に乗っけてやってきた。僕の前に置きながら「今夜は赤飯かしら」と言ってくる。
僕はちょうど焼けた食パンに目玉焼きをのっけて勢い良くかきこんで牛乳で流し込むとカバンを持ち「行ってきます」と逃げるように家から出た。家の中から葉月が「まだ、話は――――」とかなんとか言ってるのが聞こえるが無視だ、無視。
いつもより早く出たため周りの景色を眺めながらのんびりと駅に向かう。
段々駅に近づくにつれ人が増えていく。
そして、春日部駅に着くと野田線が信号トラブルで復旧が遅れて運転再開時間が見ていらしい。このままでは遅刻確定だ。だが、幸いいつもより早く家を出てたお陰で遠回りしても十分に間に合う時間帯だ。僕はいくら交通トラブルでも遅刻はしたくない。家であれ以上追求されるのを嫌って早めに出たが結果としてよかったと言える。今回ばかりは葉月に感謝しよう。
僕は春日部駅から伊勢崎線で久喜駅まで出て宇都宮線に乗り換えて予定より早くさいたま新都心駅に着いた。やっぱ即断即決に限るな。そのおかげで始業時間まで三十分ぐらいある。そして、改札を出た時だった。どこともなく怒声が聞こえてきたのだ。
「こらぁ!! 同落とし前付けてくれるんだ、ああ~ん!!」
声のする方を見ると人だかりができている。何か揉め事のようだ。それぞれの目的地に向かう者や駅に向かうものでごった返しているが誰も止める気配がない。僕はちょっと興味本位で人だかりの隙間から覗き見た。
その場所にはサングラスをかけリーゼント頭のいかにもチンピラみたいな男二人組に囲まれて今にも泣きだしそうなランドセルをしょった女子小学生が二人。その小学生を守るように立っている女子高生が一人――――って橘さん!? な、何やってるの!
チンピラ風な男たちに隠れて近づくまで橘さんの姿が見えなかった。何でこんなことに、周りを見るが、遠巻きに見てるだけで誰も助ける気配がない。みんなあのチンピラに目をつけられるのを恐れてるんだろう。どうすればいいんだ。僕の考える時間を呑気に待ってくれるはずもなかった。事態が動いたのだ。
「あんた達、こんな小さい子たち
「ああん、元はといえばそのガキどもが兄貴の服を汚したのがいけないんだろうが!!」
そのチンピラたちの足元には溶けだしているソフトクリームが落ちている。状況から察するにぶつかった拍子にアイスが服に付着したのだろう。よくあるテンプレ展開きた!! おっと、マンガで見たような展開で思わずオタク脳がたぎってしまった。それよりも橘さんを助けなくては・・・・・・どうするか。
「お、おいこれヤバくないか?」
「誰か警察読んだ方がいいんじゃないか?」
周りにいる通行人たちもさすがにヤバいと感じてるようだが、どこか人任せで誰も動こうとしない。それはそうだ。あんなチンピラに目をつけられたらあとでどんな仕返しされるか分からないもんな。そう思ってるときに事態が進展する。
「そもそもぶつかってきたのはそっちじゃないのですか?」
「そんなの証拠がないだろ。それともなんだ、その瞬間でも見たっていうのか?」
「それは――――」
橘さんが言い淀むのを見てチンピラたちの口元がにやける。
「わかったらクリーニング代十万払え」
「そんな大金払えるわけないじゃないですか」
「別に払えないならいいんだ。その代わり体で払ってもらおうか」
チンピラの手が伸びて橘さんの胸を触ろうとする。
バチンッ!!!
音が鳴り響くと橘さんがチンピラの手をはたいていた。
「こ、このアマ、何しやがる!!」
チンピラが逆上して橘さんに殴りかかる。
「キャァァァァァァァァァッ!!!」
周りから悲鳴が聞こえる。僕は気づいたら駆け出していた。
パーンッ!!
「星・・・・・・宮君!?」
背中から動揺した橘さんの声が聞こえてくる。僕は橘さんが殴られる寸前に割って入ってチンピラのパンチを受け止めていた。
「何だテメー。どこから現れやがった」
この後どうしよう。橘さんが危ないと思って何も考えず飛び出してしまった。
「こいつ、放しやがれ。聞いてるのか! 何て握力してやがる!」
どうするかな。こういう輩は後で何するか分からない。土下座でもしたら許してくれるかな。僕には橘さんを助けるためにはプライドなんてドブに捨ててやる。それぐらいの覚悟だ。それにしてもさっきからなんかわめいてるけど考えがまとまらないから静かにしてくれないかな。
「こいつ、いい加減にしやがれ!」
チンピラが何回も僕の足をけってくる。痛いからやめてほしい。
僕は手を放すと、チンピラは距離をとって手首をグルんグルん回す。そんなに強く掴んだつもりないんだけどな。もしかして怖そうなのは見かけだけで大したことないのかな。それなら僕でも橘さんを助けて逃げるぐらいならできるかもしれない。そう思って橘さんを見ると橘さんにしがみついて泣きじゃくっている小学生が二人。おっと忘れてた。これは逃げても捕まりそうだ。やっぱ土下座かな。
「て、てめえは関係ないだろ。引っ込んでやがれ!」
「そうよ、星宮君。あなたまで巻き込まれる必要ないわ」
そういう橘さんの足を見るとブルブルと震えている。そうか、小さい子がいるから気丈にふるまってるんだな。その姿はまるで戦隊もののヒーローのようだ。カッコイイ。僕の考えはまとまった。
橘さん達を守るように一歩前に出ると言ってやった。
「僕は彼女の彼氏だ! これ以上彼女を傷つけるなら僕が相手だ!」
「ほ、星宮君♡」
橘さんがいつもと違う感じで僕の名前を言う。どうしたんだろう。なんか変な言葉口ばしったけ?
「その女の彼氏っていうならてめえが落とし前つけやがれ!」
チンピラは懐からナイフを取り出して襲い掛かってくる。
周りから悲鳴が聞こえ橘さんが息をのんだのが分かる。このとき、周りの景色が止まって見え、チンピラの動きもやたらとゆっくりに見える。これはゾーンに入ったのかもしれない。橘さんを守るという思いが起こした奇跡かもしれない。
僕は襲い掛かってくるチンピラのナイフを持っている腕の肘を右手でかちあげ、空いた懐に
「星宮君! 大丈夫! 怪我してないっ!」
橘さんが僕の体をあっちこっち確かめて確認してくる。僕はそんな心配してくる橘さんをこんなに至近距離で見たことなかったのでこんな時に不謹慎だと思いながら睫毛が長いなーとかこんな美人が彼女なのかとありとあらゆる感想が頭の中を駆け巡っていく。小学三年の僕に言ってあげたい。「初恋の相手が見違えるほど美人になって彼女になるぞ」っと・・・・・・
「どうかした?」
その声で我に返ると橘さんが心配そうに見上げてくる。見つめ合うのが恥ずかしくて思わず顔を背けて早口で
「橘さんが綺麗だから見惚れてました!」
「えっ!?」
思わず本音が出てしまった。キモイとか思われないかな。
チラッと橘さんを見るとみるみる顔が赤くなり僕から離れるとそっぽを向いてしまう。だけど長い髪の隙間から覗いてる耳が真っ赤だ。前から思ってたけど橘さんは褒められることに弱いようだ。新たな発見で橘さんのことを知れてうれしくなる。これからどんどん知っていくとなると楽しみで仕方ない。
それにしても何か忘れてるような・・・・・・あっ、そうだった! あのチンピラの親分がいたんだった。警戒して辺りを見渡すが人ごみに紛れて逃げたようだ。逃げ足の速い奴。それにしても気絶した仲間を置いていくなんて薄情な奴だな。
カランッ
「んっ!?」
何か蹴ったような気がして足元を見るとチンピラが落としたナイフが転がっている。危ないから拾っておくかと拾い上げた時、何やら喧騒が聞こえてきた。
「警察です。通してください」
人ごみの中から何人かの警察官の姿が見えた。誰かが通報してくれたのかな。これで一安心だ。
ホッとした瞬間、何故か警察官達は僕の姿を見ると警戒したように目を細める。
どうしたんだろう。僕何かしたっけ?
「おい、そこのお前。手に持ってる者をそっと置け」
手に持ってる物? 手に持ってる物を見るとナイフが。そういえばさっき拾い上げたんだった。
「こ、これは違うんです」
「う、動くな。それ以上動くと抵抗したと見なすぞ!」
「だ、だから違うんですってば!!!」
確かに状況を見たらナイフを持った男(僕)、その傍らには気絶して倒れている者、女子高生にしがみついて怯えて泣いていた小学生二人。ダメだ、詰んでる。誰が見ても僕が暴れたと思いそうだ。僕もこの場面に出くわしたらそう思う。
こうして冤罪が生まれるのか。うぅうっ・・・・・・何か泣けてくる。
だが、この後すぐに冤罪が晴れた。多くの目撃者がいたことで証言してくれたし何よりも橘さんが説明してくれたことが嬉しかった。
そして、当事者ってことで事情を聴かれるために僕と橘さん、そして橘さんしがみつくようにしている女子小学生二人は近くの交番に行くことになった。ちなみにそこで伸びていたチンピラはパトカーで連行されていった。
結局学校には遅刻することになるのだった。
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