第7話 まさか、初恋の相手が橘さんだった件について

 僕は教室のドアを開けようと思って手をかけた時、白鳥さんの声が聞こえる。まだ会話が続いてたようだ。


「なら、いっそうのこと、本当につき合っちゃうとか」


 僕はその言葉に思わずドアにかけてた手がズルッとすべり、ガタッと音を立てた。僕は思わず飛び跳ねるように目の前にある男子トイレに入り、入り口から様子を窺う。特に出てくる素振りもないのでそ~と戻り、少し開いているドアから中の様子を窺う。どうやら二人とも気付いてないようだ。僕はもう少し様子を見ることにした。

 橘さんが口をパクパクさせて顔を真っ赤にしている。


「なななななな何でそんなことになるの!」


 橘さんが白鳥さんに詰め寄る。


「だって、断るのは気が引けるんでしょ。明日香が呼び出しといてそのうえで告白をなかったことにするなんてあんまりだと思わない?」

「・・・・・・うん」


 橘さんが元気をなくしている。ここは、乗り込んでそんなこと気にしてないと行くべきか。だけど今行けば盗み聞きしてたことがバレる。だがそれがどうした。何を思われようが関係ない。橘さんが断りやすいように環境を作るべきだ。

 よし、乗り込むぞ! と、ドアの隙間から覗いてタイミングを計ろうとしたとき、一瞬白鳥さんがこっちを見たような気がする。やばい、バレたか? と、身を縮めたが何もなかったように視線を戻し、話を進める。


「それに、星宮君ならけっこうな優良物件よ。桜井君に隠れて目立たないけど勉強もできるし、運動神経も抜群で人当たりがいい。女子に人気がある桜井君より角が立たなくていいと思うけど。もう最近は、本気でやらない感じだけど昔はすごかったんだから。覚えてない、確か小学三年の時、運動会のリレーで自分たちのクラスがダントツ最下位でみんなあきらめムードだった時、星宮君とアンカーの桜井君と二人でごぼう抜きして優勝したじゃない」


 白鳥さんの言葉に橘さんが目を見開いて驚いた顔をする。


「あれって、星宮君なの!」

「なに、覚えてないの。結構目立つ存在だったんだけど。でも、あれから一度もクラスが同じにならなくて中学も別々なら覚えてなくても無理はないか。そういえばこの直ぐ後ぐらいから適当に手を抜き出したのよね。本人に聞いたら好きな人が別の人にチョコレートを渡すのを見てショックでこれからは二次元に生きる! みたいなことを言ってたっけ・・・・・・そういえばあの時の明日香もフラれたみたいなこと言わなかった?」


 橘さんは当時を思い出したように語る。


「たしか、その運動会を見てあまりのカッコよさに一目ぼれしたことを覚えてる。そして、その告白したことなかったからその相手の友達に相談して・・・・・・確かに桜井君だった。そして、告白しようと勇気を振りそぼったんだけどなかなか言えなくて、おまけにその相手にはいつも目をそらされて、私、嫌われてるんだと思ったらショックで寝込んだことを覚えてる。まさか、私の初恋の相手が星宮君・・・・・・」

「あまりのショックに記憶を封印したんだね。でもよかったじゃない、初恋の相手と再会できて。しかも両思いだったんだから」

「えっ!?」


 僕も思わず驚いて声が出そうになったところを何とかこらえる。それにしてもまさか、今じゃよく思い出せない初恋の相手が橘さんだったなんて。しかも話を聞く限り僕のことを好きだったらしい。だったら何で一樹にチョコを渡したんだ。あの時の光景は今でも苦い記憶として胸の奥に刻まれている。


「だってそうでしょ。星宮君が言ってたチョコを渡すのを見たって明日香が桜井君に相談してた時じゃない。どうせ、チョコを渡す練習でもしてたんじゃない。それをたまたま通りかかった星宮君が見てしまった。しかも、その日はバレンタインデー当日だった。これで誤解が生まれてショックのあまり明日香に目が合わせられなかったんじゃない。小学生が考えそうなことよね」


 白鳥さんが僕の方を見てくる。もしかして聞き耳立ててるの、気づかれてるんじゃ・・・・・・

 白鳥さんが橘さんに言う。


「それはそうと、早いうちに星宮君に言った方がいいよ。後になるにつれ言いづらくなるんだから。告白するにしろ、なかったことにするにしろどれを選んでも明日香が選んだことを尊重するから。一つアドバイスするなら付き合ってみるのもいいと思うけど」

「分かった。星宮君のところに行ってくる!」


 ヤバッ!! このままじゃバレる。どこかに隠れるとこないか? そうこうしてる間に星宮さんが駆けてくる音が聞こえる。もうダメだ!!!――――


 結果、バレることは無かった。僕が聞き耳立ててた前の扉じゃなく後ろの扉を勢いよく開けると反対方向に走っていったからだ。


 ホッとしたのもつかの間、教室の中からお呼びがかかる。


「――――そこにいるんでしょう。翔琉」


 ビクッ!!


 急に白鳥さんに名前を呼ばれてドッキとする。

 そ~とドアの隙間から覗くと白鳥さんは窓側の机に腰をかけながらこっちを見て手招きをしている。

 僕はハァ~とため息をついて、観念したようにドアを開けて教室に入った。


「・・・・・・何で僕がいること分かったんだ?」

「それはあんな物音立てられたら・・・・・・ねぇ~」


 やっぱりあの音は聞こえてたか。・・・・・・てことは橘さんにも覗いてたことバレたんじゃ・・・・・・それで怒って教室を飛び出していったのかも・・・・・・


「安心して。明日香はラブレターのことで頭いっぱいだから気づいてないわよ」


 白鳥さんは僕の思ってることが分かるように言った。


「翔琉ってば相変わらず顔に出るからわかりやすいわ」

「そうですか!」


 白鳥さんは「ねた顔も可愛い」とおちょくってくるので僕は誤魔化すように聞いた。


「そういえば僕のこと下の名前で呼んでるけどいいのか。高校に入学するとき名字で呼ぶからって言ってなかったか?」

「ああそれはね、翔琉にっていうより一樹に対して言ったのよ。昔みたいに名前で呼んでたら快く思わない女子が多くて陰で何されるか分からないじゃない。さいわいこの学校では私たち三人が幼馴染だってこと知らないしね。そんな中、親しそうにあなたたちと話してたらどこからぼろが出るか分からないじゃない。とくにあの一樹のファンクラブにもれたらめんどくさいことになりそうだしね」

「女子って大変だな」

「そう言ってくれるのは翔琉ぐらいよ。あのバカはいくら言っても油断すると名前で呼びそうになるからそのたびにどぎまぎしてたんだけど何か馬鹿らしくなってきて、あのバカのために我慢する意味ないなあって思ったから私らしく行くことに決めたの。そう言うことだから翔琉も昔みたいに私のこと、加奈って呼んでもいいわよ」

「何だか今更名前で呼ぶの恥ずかしい。これからも白鳥さんで」

「相変わらず初心なんだから。こういうところに明日香はひかれたのかしら」

「んっ!? どういうことだ。橘さんが好きなのは一樹なんだろ。たまたまラブレターが間違って僕の下駄箱に入ってただけで」


 僕の疑問に白鳥さんは悪戯が成功したように言った。


「あのラブレターね。私がこっそり一樹の下駄箱に入ってたのを翔琉の下駄箱に入れなおしたのよ。ちなみにこのこと一樹も知ってるわ」


 な、何だと!? 何でそんな回りくどいことを・・・・・・


「何でそんな回りくどいことをとか思ってるでしょ」


 こちらの思考はあっさり読まれている。やはりこの幼馴染様には勝てないなぁと思った。そういえば昔、一樹が加奈にだけは逆らうなと言ってたのを思い出した。こういうことか。

 白鳥さんが話を続ける。


「答えは簡単よ。明日香の初恋相手が翔琉だからよ。ちなみに翔琉の初恋相手でもある」


 僕は言われた意味が分からなく思考が停止する。

 何とか意味を理解しようとして初恋相手を思い出そうとするが輪郭がぼやけて姿をはっきり思い出せない。


「初恋のってまさか、小学三年の時の・・・・・・」

「そっ。それよ。翔琉がバレンタインデーのときに失恋したって言ってたやつよ」


 初恋相手の顔も思い出せないがあの時の光景がよみがえる。僕が好きだった人がチョコを翔琉に手渡すのを見てしまって、告白する前に失恋したのがショックで今でも思い出すたび辛い。

 まさか、あの初恋相手が橘さん。そう思うと鮮明に思い出してきた。たしか、昔は三つ編みで眼鏡をかけていていつも図書室で本を読んでいるような大人しい性格だった。今みたいにあか抜けて陽キャラだったイメージがない。


「思い出したよね。昔と雰囲気がだいぶ違うから気づかないのも無理ないけど翔琉の場合失恋のショックで脳にフィルターがかかってたのかもね。だけど、そもそも翔琉の勘違いだからね」


 そういえばさっき聞き耳立ててたときそんな話をしてたような・・・・・・


「じゃぁさっき橘さんと話してた内容は・・・・・・」

「翔琉が聞いてるのが分かったから思い出させてあげようと思ったんだけどなかなかうまくいかないものね」

「じゃぁ、橘さんは知ってるのか?」

「あの感じじゃ覚えてなさそうね。明日香も翔琉のそっけない態度で嫌われてると思って三日間寝込んだぐらいだから記憶の奥深くに仕舞われてるのかもね」

「それじゃぁ、僕と接するとまずいんじゃぁ・・・・・・」

「大丈夫じゃない。そうならないように頑張って初恋を実らすのね。それじゃぁ、明日香が戻ってくるし、もう行くわ。付き合うことになったら明日にでも教えてね」

「ちょ、そういえば橘さんは何処に――――って行っちゃた」


 教室に残された僕の背中を夕日が照らし、空いてる窓からカーテンを揺らし涼しい風が撫でてゆくのだった。

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