6-1 夢に生きることを選んだ姫

 毎日、姫は懸命に薬を飲んだ。


 朝と夕に、決められただけをきっちりと。朝春と再会することを夢見て。根気よく鍼治療などを行い、いったんは食事をとるまでに快復の兆しを見せた。


 往診に来た医師の弟子の中に朝春の姿を捜したけれど、一度も見当たらなかった。中原の家へ来るのを控えているのだろうか。しののめは医師の一行に、鬼巽なる僧について薬師に尋ねてみた。


「鬼巽? そのような名の者、一行の中にはいない」


 耳を疑った。

 しかし、匿っているとか、やましい素振りは微塵もない。


「まさか。鬼巽さまは丹波さまのお弟子で、最初にお薬を持ってきてくださったお方で」

「おおかた、偽薬でしょう。もしや、毒見もしないで姫さまに差し上げているのではないだろうね」

「偽薬……?」


 毒見など、していない。朝春の心づくしの薬に、毒見など必要なかった。


「丹波さまが調合さなれた薬を飲んでいる形跡がないと思えば、なにやらいかがわしい薬を服用しておいでとは。丹波さまを侮辱しておられるのか」

「いいえ、いかがわしくはありせん。古今東西の妙薬を合わせた、姫の症状にもっとも合うお薬です」

「だが、姫のご病状は悪くなるばかり。目の上の腫れ、おいたわしいことよ」


 確かに、姫はここ数日、急に両瞼の周辺が腫れ上がり、とても心苦しい風貌になってしまっている。眼は開けられず、涙と目やににまみれている。故鎌倉殿唯一の姫であり、都の女御の君であるというのに。

 しののめは奥歯を強く噛んだ。


「では、事情があって名前を変えているのかもしれません。鎌倉の武家の出で、昨年の末ごろに弟子入りした若者です」

「知らぬ。丹波さまは弟子の出自に拘らないお方だ。さあ、こちらは忙しい。どいてくれ。他人の命を救う者がいる反面、命を喰らって生き抜く者もいる。そういう時代だ」


 朝春さえ、出てきてくれれば疑いは晴れるのに。どこに行ってしまったのだ、わが子よ。心の中で叫んだ。



 六月二十六日。

 丹波医師一行は三幡姫快復の余地なしと判断し、鎌倉を発って京へ帰った。新殿・頼家は一行の労をねぎらって馬や砂金など、一応の褒美を贈った。

 姫の看病の合間を縫ってしののめは朝春を捜したけれど、とうとう見つからなかった。


 ここ数日、朝春からもらった薬袋の残りが異様に少なくなっていることに、しののめは気がついた。どこかに落としてしまったのかと思い、保管していた棚の周りを調べたが、どこにも見当たらなかった。


 しののめが考え込んでいると、姫の部屋で奇声が上がった。姫の声だ。あわてて駆けつける。


「どうして! どうして、治らないの!」


 手がつけられないほど興奮した姫は、激昂していた。髪を振り乱し、暴れている。瞼の腫れで目が見えないため、手探りで叫ぶ姿はとても痛々しい。


「姫さま、落ち着いてくださいませ。熱が上がります」

「しののめ? その声はしののめなの」

「はい。ここに」


 姫が少しでも落ち着くよう、しののめは姫の手を握った。熱があるせいか、ほてっている。息づかいも荒い。壁や柱を引っ掻いたのか、指先から血が滲んでいた。衣も汗ばんでいて汚れている。

 あわてず、しののめは近くに控えていた女房に、姫の着替えを命じる。


「治らない。治らないのよ、ちっとも。朝春さまのお薬、効かないのかもしれない……」

「いいえ。根気よく飲み続ければ、きっと」

「朱砂丸というのでしょう、その霊薬は。早く治りたいから、ここ数日はしののめに隠れて倍の量を飲んでいたのに、効かないのよ。おかしいでしょう」

「倍の量を、ですか!」

「ええ。そうしたら早く治るもの。薬のお礼を述べに、お会いできるわ」

「残念ですが、都の医師一行は帰洛なされました」

「なんですって。では、朝春さまも?」

「そこまでは分かりません。けれど、勝手なことをしては、なりません。薬には適量があります。飲み過ぎれば、毒となる場合もあります」

「毒? まさか。そんな薬をくださるはずがないわ」


 なんということだ。姫が薬を正しく服用していなかったなんて。しののめは唇を噛んだ。

 我が強いところは、以前の姫には長所だったが、今の状態の姫にとってはただのわがままでしかない。


 あるいは、ほんとうに毒だったのだろうか。大切な姫、それに故殿までも、手にかけたのだろうか。猜疑に包まれそうになるが、いやな想像はしたくない。


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