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「前田さん、すごく良い演技でしたけど、ちょっと役に入り込み過ぎてませんでした?」

 通訳が主演俳優にそう告げた。

 この現場では、出演者を役名で呼ぶケースと、芸名や本名で呼ぶケースとが有る。

 前者は通常の演技中、後者は「演技」「役」をけて「元の自分」に戻って欲しい場合だ。

「あ、すいません」

 どうやら、アメリカでは、いわゆるメソッド演技……例えば役に合わせて、ダイエットや筋トレをやったり、逆に、わざと太ったり、内面に関しても「この人物なら、この場合どうするか?」を架空の人物であっても完全に模倣シミュレート出来るほど役に成り切るタイプの演技……を行なう俳優が、ストレスなどで違法薬物に手を出してしまう事が多いらしく、この現場では「撮影が終れば、元の『自分』に戻れる」ように注意深くケアをしている。

 役と自分が区別が無くなりかけてた当時の俺に比べて、何か生温なまぬるいような気もするが……これも時代の流れなのだろう。

「じゃあ、そろそろ、昼食休憩にします」

 そして、食事は弁当ではなくケータリング。「生温なまぬるい」どころでは無い、本当に「温かい」食事を撮影現場で食えるなど……良い時代になったが……どこか今の状況に馴染めない自分も居る。

「なぁ、前田君さぁ……今の撮影現場って、どこも、こんな感じなのか?」

 俺は主演俳優の前田喬介に、そう尋ねてみた。

「いや……めずらしいですけど……でも、例の伝染病以降に、日本の映画監督でも実験的に、撮影現場をこんな感じにした人が居ましたね」

「それで、撮影の予定を超過したりはしなかったの?」

「でも、余裕が有る方が、仕事もはかどったし、スタッフさんなんかも、次々と良いアイデアが出たりするみたいでしたね……。結局、予定より早めに撮り終えましたよ」

 またしても、かつての嫌な思い出が蘇える。

 俺の親友が死んだ事故は……あの地獄のようなスケジュールが原因では無いのか?

 TVや映画への出演をやめ、仕事の場を舞台に移し、そして裏方に回り……気付いた時には工場勤めなら安全管理責任者になれるほど、事故防止に役立ちそうな資格を取っていた。

 事故を防ぐ基本は……「事故が起きにくい状況・環境を用意する事」。

 もし可能ならば……あの日に戻り……あいつの命を救いたい……が……。

 可能な筈は無い。

 過去は変えられない。

 結局、俺は死ぬまで過去を引きずり続けるしか無いのだろう。

 せいぜい、残り十年か二十年の人生だろうが……。

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