世捨街編

第21話 到着、世捨街

水戯郷を出てから約1年が経った。厳しい冬もあっという間に過ぎ、うららかな春もそろそろ終わりに差しかかる頃。



地図を広げながら現在地を確認する一休。


「水戯郷から随分と長い旅になったけれど、あと数日で世捨街に着くわよ。」


「やっと…。一休ちゃん、水戯郷を出る時に世捨街までこんなにかかるってこと言ってくれなかったから、私すごくびっくりしたんだよ!?」


「ふふ、ごめんごめん。でも、ここ1年でアーリンもほぼ完璧に人化できるようになったし、術も沢山覚えられたし、他にもできるようになった事が増えて良かったじゃない。」


少しからかい気味にアーリンに言う一休。


「それはそうだけどさぁ…。」


そう言って呆れるアーリンは水戯郷の時より少し大人びた表情をするようになっていた。

ダンポはそれを見てつぶやく。


「それに比べて一休ときたら…。」


それを聞き付けたのか、凄まじいスピードで近づき、ダンポの首根っこを掴む一休。


「ん?何か言ったかしら?1年間ほぼ穀潰しだったあなたが?」


「イエ、ナンデモゴザイマセン。」


そう言って冷や汗を滝のように流すダンポ。


「そう、ならいいわ。」


少々雑に首根っこを離し地面にダンポを落とす一休。それを見たアーリンが笑いながら言う。


「2人ともほんとに変わらないなぁ。」


照れ臭さを隠すかのようにパンパンと手を叩き一休が話を遮る。


「ほら、明日も早いんだし、今日はもうそろそろ寝ましょう。」


「そうじゃぞ。」


アーリンは尚も笑いながら言う。


「はいはい。」


翌朝、いつも通りアーリンが作った朝ごはんを食べる一休達。

その日も軽口を叩き合いながら歩いていると、遠方から腐臭や火薬の臭い等が混ざった臭いがしてきた。

鼻をつまみながらどこか鎮痛な面持ちで一休が言う。


「嫌な…臭いね。」


「そう…じゃな。」


ダンポもそれに同意する。その目はどこか哀しく、そして懐かしむ様な目だった。

アーリンはその2人をしばらく複雑そうな表情でみていたが、そのうち妖力を目に集中させて遠くをじっと見つめだした。


「妖纏・鷹眼。うーん?…一休ちゃん、多分この匂いは世捨街から流れてきていると思うよ。」


それを聞いて一休とダンポは感慨に浸る。


「あのアーリンが、鷹眼と鯨声限定とはいえ今や私達を凌ぐ程の妖纏使いになるとはね…。」


「ほんとに幼子の成長は早いものじゃのう。」


アーリンが少し怒ったように言う。


「ちょっと!一休ちゃん、ジジくさいよ!」


「ごめんごめん。で、世捨街で何が起こってるかわかる?」


「うーん。特に何も起こってない様だから、いつもこの辺りまで臭いが届いてるって事みたい。」


一休は少し苛立ったような表情をする。


「胸糞悪い話ね。周辺の都市からは1番近い水戯郷でもゆっくり来たとはいえ人の足で1年程度はかかるわ。初めて世捨街のことを知った時、他の都市に攻め込まないのを不思議に思っていたけれど、その辺りも理由の1つなんでしょうね。」


アーリンもそれを聞いて顔を顰める。


「自分達が産み出した負債を絶対に反抗できない弱者に押し付ける。酷い話だよね。」


「ええ。でもそれが人であり、世界よ。これはいつの時代も変わらない。」


一休は悔しそうな顔でそう言う。そんな一休にアーリンが問いかける。


「こんな妖界でも、変えられるかな。」


その問いに対し、一休は明言する。


「ええ、アーリンが生きているうちには厳しいかもしれないけれど、いつかはきっと。とはいえ今はまだ難しいから大人しく通過だけするとしましょう。」


「うん…そうだね…。」


そうして歩く事、約半日。

遂に一休達は世捨街へと辿り着いた。

そこは街とは名ばかりの塵芥山の集まりだった。あるものは腐りかけの木材を使って造られた小屋のようなものに住み、またあるものは布をよりあわせて作った布団のようなものにくるまっている。

そこらを歩くと100mに1つくらいの割合で死体が転がっている。

一休達は街を歩くが、様々な視線が値踏みするように見ては消えていく。

アーリンが小声で一休に話しかける。


「(一休ちゃん、幻包使っといてよかったね。)」


「(ええ、そのようね。)」


そう、一休達は世捨街に入る前にできる限り悲惨な格好に見えるよう幻影を使って変装していたのである。

もし、普段の格好で世捨街に入ったりしていれば瞬く間に襲われていただろうことは想像に難くない。

勿論襲われたところで負ける訳では無いが。


と、正面からぼろ切れを纏った少年が凄まじい勢いで無言で走ってきた。


「……。」


咄嗟にみがまえる一休とアーリン。

だが少年の狙いはその2人ではなかった。

少年は2人の間をすりぬけ、ダンポを攫って行った。少年はあっという間に走り去っていく。


「は?」


「え?」


しばし、呆気に取られる2人。だがすぐにそんな場合ではないと思い直し、少年を追いかけ始める。2人がかりで全力で追えばそんな鬼ごっこはすぐ終わる…筈だった。


その日、日が暮れても少年を捕まえることは出来なかった。

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