第2章 水戯郷編

第12話 託された思い

飴水堂を後にした一休、ダンポ、アーリン。

昼頃から休みなく林道を歩いていた一行は、飴水堂を出てから初めての夜を迎えようとしていた。


「そろそろ今日は休みましょう。アーリン、薪を拾ってきてちょうだい。ダンポは付き添いで護衛ね。いざとなったら肉壁としてアーリンを守りなさい。」


「うん分かった。沢山拾ってくるね。」


「相変わらず儂の扱い雑じゃな。まあ、か弱い女子を守るのは爺の役目か。」


そう言って、アーリンとダンポは薪を拾いに近くの林へと入って行った。


「さてと、私は獣避けの結界でも張るとしますか。」


そう言って一休は腰に下げていた小袋から、

仄かに光る札を4枚取り出した。一休は指で札に言葉を書く。


「えーと、今回は『敵意感知』、『幻痛』、『対物障壁』、『対術障壁』こんな所かしらね。」


出来上がった4枚の札を20m間隔位で四方に貼る。すると、札から光の線が空中に伸び、青白いピラミッドを形作った。

ちょうどその時、アーリンとダンポが帰ってきた。アーリンは手一杯に薪を抱えている


「一休ちゃん、これくらいで足りるかな?」


「ええ、それだけあれば十分よ。ダンポ何か異常はあったかしら?」


「いや、特には無かったかのう。強いて言うなら、足元がやたらツルツルしたことくらいじゃな。」


「ツルツル?」


「うむ、もしかしたら油か何か撒いてあるのかもしれんのう。」


「油ねえ?なんでそんなものが撒いてあるのかしら。何か心当たりは?」


「うーむ、特に思い至らんの。」


「そう、まあ分からないならこれ以上考えても無駄ね。夕飯の準備をしましょう。私が作るから、アーリンは火起こし。ダンポは周囲の警戒をしなさい。」


「うむ、わかった。」


「うん!」


そう言って夕飯の準備を始める。

アーリンは薪を組み、バッグから取り出した仄かに光る筒のようなものを取り出した。アーリンがそこに息を吹き込む。すると反対側からほとばしる様に出た火が薪をしばらく炙った後に、燃え移った。

一休は鍋を火にかけ、そこに人参、じゃがいも、玉ねぎ、干し肉を入れ、しばらく炒めた後、水を入れその中に茶色い四角いものを入れた。

それを見ていたアーリンが問う


「これはなんていう料理なの?」


「これはカレェという料理よ。」


「カレェ?」


「ええ、なんでも妖界ができた頃からある料理との噂よ。他にも異世界から来たナニカが最初に作ったとか色々噂はあるけれど、まあ噂だし、十中八九、インパクトを付けるための嘘でしょうね。」


「そうなんだ…。」


そう言って少しガッカリしたようにするアーリン。それを見て慌ててフォローする一休。


「まあ、これが嘘かどうかはともかくとってもおいしいわよ。」


「早く食べたい!」


「うーん、もう少し煮込んだ方が良さそうね。煮込んでいる間にあなたに少し聞きたいことがあるのだけれど。」


「聞きたいことってなに?」


「あなた、飴水堂で先輩達から小箱貰っていたでしょう?その中身は見たの?」


「え?いやまだ見てないよ。」


「そう、じゃあしばらく暇だし今から見ましょうか。」


「そうだね。」


そう言ってアーリンは小箱を取り出す。小箱を開けると中には薄桃色の宝玉が入っていた。


「これは…一体何かしら?ダンポ!周囲の警戒はいいから今すぐ来なさい!」


一休がそう呼ぶと


「ハァ…ハァ、なんじゃ?なんじゃ?」


と、息を切らしてダンポが来る。


「ダンポ、この宝玉について何かわかる?」


「これは…恐らく高純度の記憶石を球状に加工したものじゃな。」


「記憶石?」


「うむ、妖力に反応してその場の映像や音を保存、再生できる石じゃな。」


「なるほどね。アーリン、その宝玉に妖力流してみて。」


「はい。」


そう言うとアーリンは目を閉じて集中し、妖力を流し始めた。

すると、宝玉が割れ光が溢れ出し光の幕が出来た。光の幕に映し出されたのはアーリンに良く似た、蟻の蟲人族の女性だった。

それを見たアーリンが言う。


「あの人が私を育ててくれた人です。シスラ姉さんと言って、とても優しい女性だったんですよ。」


映像の中でシスラが口を開き、話し始める。


「アーリン、これを貴方が見ているという事は私は何かしらの理由でもう死んでいるのでしょう。そして、貴方は飴水堂を離れているはず。これから伝えることはとても大事な事です。周囲には、信用出来る者以外いない状況を作りなさい。数分待つわ。」


そう言ってしばらく沈黙するシスラ。


「アーリン、私は聞いても大丈夫かしら?」


「うん!一休ちゃんのことは世界で1番信頼してるから!」


「そう、ありがと。」


少し照れたようにそっぽを向きながら礼を言う一休。

やがてシスラは口を開き、再び話し始めた。


「私からあなたに伝えることはラフールのことよ。彼は今でこそ飴水堂の悪口を言ったものは即殺したり、亡くなった奥さんの代わりにする為に、蟻の蟲人族を連れを殺してまで引き取っているけれど、私の1代前の奥さん代わりの人を引き取った頃までは違ったわ。飴水堂の悪口を言ったものには少々イタズラする程度、蟻の蟲人族に至っては孤児院から引き取って育てたりしていたわ。」


それを聞いた一休達は


「ゲス外道意外と良いことしてたのね。」


「知らなかった…。」


等と会話を交わす。


「あの人が変わってしまったのはちょうど私を引き取る少し前、妖歴10870年頃の事よ。彼は当時宿に泊まりに来ていた私に、壁から現れては優しく話しかけてくれたわ。そして私の唯一の肉親で、飴水堂に泊まっていた時に一緒に来ていた叔父さんを殺害。その後私を引き取って育てた、という訳ね。私は最初から叔父さんを殺した犯人が彼だということは分かっていたわ。」


それを聞いた一休は疑問に思う。


「アーリンこの人なんか特殊能力でも持ってるのかしら?」


「ううん、少なくとも私や他の先輩はそんなことは聞いてないよ?」


そう言ったアーリンの言葉に答えるようにシスラが言う。


「誰にも教えていないけれど、私は過去を見る眼を持っているわ。私がこの眼を使って見た限りでは、私を引き取る少し前から彼は『何かを追いかける女の刺青をした女』と定期的に接触していたわ。彼が最初にその女に会って以来、彼の行動は段々おかしくなって行っている。」


それを聞いた一休が言う。


「ゲス外道は死ぬ直前、誰かと話していたようだったけれどもしかしたらそいつかもね。」


「アーリン、旅に出たのならそいつには気を付けなさい。それと、あなたの両親と私の連れが死んだのはそいつのせいでもあるわ。本当はこんなことは言いたくないけれど、仇を…討って…。それともしこの映像を一緒に見ている、旅の連れでも居るんだったら…その縁は大事にしなさい。」


「はい!」


アーリンは届くことの無い返事をする。


「最後に貴方に蟻族の祝福を、あなたのこれから行く道に幸多きことを心から願っているわ」


その言葉を最後に、光の幕は閉じ映像は終わった。


「さて、アーリン。」


「なに?」


「カレェ食べましょうか。」


「うん!」


そう言って一休がカレェを3人分盛り、食べ始めようとした次の瞬間、森の奥から液状の何かが叫びながら飛び出してきた。


「それくれええぇぇえええええ」


その叫びも虚しくそいつは一休が張った結界の効果で阻まれ地面にベシャッと叩きつけられた。


「メシを…く…れ…」


その言葉を最後にそいつは動かなくなった。

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