第10話 別れ
一休は荷物をまとめ、後は出立するだけという所まで準備を整えた。
何かを忘れている気もしたが、まあ大したことでは無いと判断し、アーリンが何をしているか見に行くことにする。
アーリンを邪魔しては悪いと思い、一応姿を隠すことにした。
「妖力もあまり回復していないし、妖力消費量の少ない幻包が最適ね。幻包。」
術を唱えると一休の周りに白いもやが集まり、もやが消えるとそこには誰の姿もなかった。
「よし。これで大丈夫っと、それじゃあアーリン探しに行くとしましょうか。」
そう呟いて、アーリンを探す為に飴水堂内を歩き回る一休。
しばらく探していると、話し声が聞こえてきた。
「アーリン。あなた、ほんとに飴水堂辞めちゃうの?」
「はい、ここには居られない理由ができてしまったので。」
「それは寂しくなるなあ。まあ疲れたりしたら何時でも帰っておいで。」
「はい。先輩方、長年面倒を見て下さりありがとうございました。」
「おいおい、あの小さかったアーリンがこんなに立派になったぞ。」
「そうねえ、あの子がアーリンを引き取った時はどうしようかと思っていたけれど。あ、そういえば…。アーリンちょっと待ってなさい。」
そういうとアーリンの先輩らしき従業員の1人は、小さな箱を持ってきた。あの子とは恐らくアーリンを引き取った蟻の蟲人族のことだろう。
「あの子がもしあなたが、旅立ったりこの宿を離れることがあったら渡してと言っていたものよ。中身は私も知らないわ。」
「そうですか、ありがとうございます。後でゆっくり見ますね。」
アーリンは箱を大事そうに受け取った。
「先輩方、申し訳ありませんが私は旅の準備も有りますので、そろそろ…。」
「ああ、そうだったわね。じゃあ気をつけていきなさいよ。」
「はい!今までグレートロイヤル妖蜜のように甘やかしてくれて、時にはスパイシー妖蜜のように厳しく指導してくれてありがとうございました!」
「ああ、頑張れよ。」
「はい!」
アーリンはどうやら皆から可愛がられて育った様だ。口ぶりからも家族同然だったのだろう。それを捨てて旅に出る。その重みが改めて伝わってくる。
「てかあいつ、ほんとに救いようのないゲス外道ね。」
そう独り言を呟く。
これ以上見ているのも野暮かと思い、姿を隠したまま今度はラフールを探しに行く。
「まあ多分動けないだろうし、あそこにいるわよね。」
そう思ってアーリンの従業員部屋へと向かい、クローゼットの1番右のハンガーを3回叩き、クローゼットの奥へと進んでいく。しばらく歩いているとラフールの話し声が聞こえてきた。どうやら何者かと会話しているようだが、よく聞こえない。
「儂は…世界……人助け……思う。……世話になって……勝手に決め……悪いが、儂は……頭にか…ってい…もやが晴…気が…じゃ。」
「それ……ったい……か?」
「ああ…絶対…変……ない。」
「…うか……残……だ。」
そう聞こえた次の瞬間、一休の全身に怖気が走った。すぐさま近くの木陰に身を隠し、息を潜める。しばらく隠れていたが誰の声も聞こえてこない。
一休は嫌な予感をひしひしと感じながら、声の聞こえて来た方向へと走る。
しばらく走ってたどり着いたのは世界幻影を使った所だった。だが、世界幻影を使った時にはなかった異変が起きていた。それは、木の部屋全体から枯れて腐った樹木の匂いがした事だ。
一休は幻包を解き、大声で
「ゲス外道ー!」
と呼びかけるが、返事は帰ってこない。
他の場所に探しに行こうとした時だった。
小さく弱々しい声ではあるが、なにかが聞こえてきた。声の方を見ると種のようなものから手足の生えている奇妙な生物がいた。
それはラフールの声で喋り始めた。
「おい、小娘。色々と伝えたい事はあるが、儂にはもう時間は少ししか残されてない。手短に言うぞよく聞け。『世界の目覚め』に気をつけろ。それと、儂が死んだらこの身体全体は自動的に結晶化する。リングを飴水堂の儂の体から用意するから結晶を嵌めて指輪にし、アーリンに渡してやってくれ。お前を護ってくれるものだ、とも伝えてくれると助かる。それと、小娘。お主には世話をかけた。感謝している。虫がいい話だとは思うが、どうかアーリンとずっと友達でいて…やって…」
最期にそう言って、種は結晶と化した。それは橙と黄色の中間位の色で透き通っていて、光を照り返して輝いていた。近くの壁にリングが生えていたので、結晶を嵌め壁から取る。
「全く、厄介な役目を押し付けてくれたものね。それにしても世界の目覚め?一体なんの事かしら……。それに……アーリンは優しいからきっと悲しむわよ。」
そう呟き出口へと戻る一休の足どりは、少しだけ重いように思えた…。
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