第5話 感謝の裏に監視有り

「じゃあ、また明日ね。」


部屋の前まで、来たのでアーリンに別れを告げる。


「はい、ゆっくりお休み下さい。」


そう言って一休に背を向け、立ち去っていくアーリン。こちらを全く見ていないのを確認し、術を唱える。


「追獣召喚・幻包。」


追獣召喚は対象を追尾する獣を召喚する術である。そして幻包は幻霊族固有の術で、対象を一定時間、幻影で包む技である。今回は獣にアーリンを追尾させ、その獣を幻影で包むことで他者の目には見えないようにした。


「これでよし、と。」


一休は障子を開け、部屋へと入る。布団が既に敷いてあったので、そのまま倒れる様にして布団に顔を埋めた。


「ふぁー、ふふぁふぇふぁ。ふぁんふぃふぇっふぁふぉふぁふふぃんふぁ、ふぁふぃふぁふぇふぃっふぁ。(はあー、つかれた。監視結果の確認は、明日でいっか)。」


そう呟くとそのまま一休は眠りについた。



翌朝、空が白み始める少し前…

ドアを押し開けて追獣が帰ってきた。


「さて、監視結果の確認をするとしますか。」


追獣を頭の上に乗せ、監視結果の確認を始める。監視内容は飴水堂従業員達の会話内容についてだ。飴水堂従業員に犯人が居ればどこかで大浴場でのことについて漏らすはず、そう考えての事だったが…。


「うーん、それらしき会話は…。ん?これは…。追獣、壁にこの会話を映し出せ。」


それはアーリンと何者かの会話だった。何者かの姿はアーリンが邪魔になって見えない。


「追獣、あなた視覚調整くらいしなさいよ。」


「キュウー。」


項垂れる追獣。


「まあ良いわ、続けなさい。」


「キュウ。」


おもむろに映し出されたアーリンが口を開く。


「そういえば今日のお客様は1名だけでしたが、とても面白い方でしたよ。」


「そうか、どんな方だったのかのう?」


「えーとですね、ちょっと口が悪いですがとても優しい方で、私が初代オーナーを探しに行く旅に出たいと話した時にも激励して下さったんです。」


「彼女を探しに行くのか…。とても良い夢だと思うが…、ダメだ。」


「え?」


「ダメだと言った。第一、お前が抜けたらこの飴水堂はどうなる。今でさえ、経営はギリギリの状態だ。」


「そ、それは……。」


「お前はこの飴水堂が潰れても良い者、つまり飴水堂にとっての敵ということか。」


何者かは先程までの優しい雰囲気を消し、威圧するようにアーリンに問う。


「そ、そんなことは……分かりました。私の夢は諦めます。」


この後アーリンと何者かの間に会話は無かった。


「もう良いわ、止めなさい。」


「キュウ。」


「帰っていいわよ。」


一休がそう言うと、追獣はキュイー。と嬉しそうな声を上げて空間に溶け込むように消えていった。


「…(なんで帰れて喜んでるのよ)。さて、犯人の見当も凡そついた事だし、今日中に片をつけたいところね。」


そうして色々と考えていると…、コンコンコンとノックの音が聞こえてきた。


「今行くわ。」


扉を開けると、そこには少し沈んだ面持ちに見えるアーリンが立っていた。


「朝ご飯はいつ頃お召し上がりになられますか?」


「そうね…。今からでも大丈夫かしら?」


「はい、大丈夫です。」


「じゃあ、食堂に向かいましょうか。」


「はい。」


明らかに口数の少なくなっているアーリン、理由は恐らく、昨日の何者かとの会話のせいだろう。食堂につき、これから来るであろう戦いに備え、軽めに朝食を済ませる。


「アーリン、飴水堂はとても心地の良い場所だったわ。」


「そうですか。それは良かったです。」


少し顔を綻ばせるアーリン。そして、これがひとつの賭けとなる。


「それで、貴方が昨日話してくれた昔話の樹人族の男性に直接、お礼を言いたいのだけれど。」


「なんで…それを……。」


そう返したアーリンの声色は、今までになく厳しいものだった。

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