第2話 飴水堂チェックイン
「ごめんくださーい。」
そう少し大きな声で、床をモップで磨いていた従業員を呼ぶ。
「はーい、すぐに気づかずに申し訳ありません。それで、なんの御用ですか?」
「うわっ。(ここの従業員は、蟲人族なのね)」
従業員の頭は蟻だった。辺りを見回すと他にも店員が幾名かいたが、彼らはほぼ完璧に人化をこなしている。所々触角や羽が見えるのはご愛嬌と言ったところか。
「どうなさいました?」
そう聞かれ我に返る。
「え?あぁ。外で汚れてしまったから、なにか拭くものを貰えるかしら。」
それを聞いた従業員の1人が、触角をピコピコ動かしながら蟻頭の従業員に言う。
「アーリン、今なら大浴場が空いてるぞ」
しばらく考えた後、蟻頭の従業員は言った
「それではお客様、直接大浴場の方に向かわれますか?お召し物は言ってくだされば出立までに洗濯致しますが。」
それならばその方がいいと思い、
「そう、じゃあそうさせてもらうわ。あなたの名前はアーリンでいいのかしら?」
と問うと、彼女は綺麗に礼をしながら、
「はい、わたくし当宿の新入りアーリンと申します。至らぬ点がありましたら申し訳ございませんが、精一杯おもてなしさせていただきます。」
そう言って自己紹介をした。ならば自分もしなくてはと思い、
「私は一休、妖都を目指して旅をしているわ。外で喚いてるあいつはダンポ、来たら入れてあげてちょうだい。」
と返す。そうするとアーリンは目を輝かせて
「妖都ですか!わたしも行ってみたいなあ。きっとキラキラしてるんでしょうね。」
と言う。大浴場へ行く途中に聞いた所、アーリンの都会への憧れが強く感じられた。また、近頃巷では妖都のアイドルグループ、「みやこ男子」とか言うのが流行っていて、アーリンは幻霊族のふぁすと?、とか言うのが好きらしいことが分かった。
そうして雑談に花を咲かせていると、大浴場の札が見えてきた。
「ここで一旦お別れかしら、案内ありがとう。それと私は別にいいけれど、不快感を覚える人もいるかもしれないから、あんまり客に自分の話ばかりしすぎないようにね。」
そう言うと、やっちゃったと言うように、口元に手を当て、しょんぼりとしながら
「すいません…、ご忠告ありがとうございます。今は他にお客様は居ないので、恐らく貸切だと思いますよ。それではお客様の部屋は04番となります。こちらが鍵です。お気を付けて、」
そう言って持ち手に飴の意匠があしらわれた鍵を渡してきた。
「そう、ありがと。さて大浴場に入るとしますか。」
そうして一休は女湯への暖簾をあげて入っていった。
「ええ、本当にお気を付けて」
一休が消えた廊下で、独り言の様に呟いた彼女の言葉を聞いたものは誰も、いなかった。
ここで解説
・
蟲人族は、生まれた時に何らかの虫の姿をしていて、妖蜜というものを食べることで成長する種族である。成長は一定の年齢で止まるが、幼体の時にどれくらい上質の蜜を食べたかで、成体になってからの知能レベルや、身体能力がおおよそ決定する。そのため、経済格差による能力格差が大きな社会問題となっている。とは言え蟲人族は総じて身体能力と隠密性に優れている為、各国で諜報活動をして暮らしている者が多い。そんな理由もあり、蟲人族の王国の場所を正確に知るものは少ない。また蟲人族の王族は特異体質であり、成長が止まる年齢が最低でも平民の2倍以上である。蟲人族は幼体の頃の影響か、甘いもの好きが非常に多い種族となっているため、甘いものをあげると仲良くなってくれることが多い。
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