第八話

 テラスでリスさん達にパンをあげて屋敷に戻ります。


 そこでは、父、母、ペルセフォネが朝食を取っておりました、今まででしたら通る事もありませんでしたが、あえて今日は通ろうと思います。


 それに気付いた、者達は口々に私に罵声を浴びせます。


「傷を隠せと何度言ったら分かるのか! それでは第一王子との婚約まで破棄されてしまうではないか!」


 はい、その様にして貰います。


「こんな傷がある方が姉だなんて、もう耐えられませんわ!」


 はい、私もこれ以上は耐えられません。


「レアー! いい加減になさい! 改めないと言うのならば即刻部屋に戻りなさい!」


 はい、改めるのはあなた方なのですから。


 私はその場で静かにに立ち止まり、小さくカーテシー。


 先日折れた足は、まだ治っておらず、ズリズリと引きずり、私は階段下の物置······私の部屋に戻りました。


 今日で学院は長期のお休みに入ります、計画の実行には最適な日となります。


 私は、婚約者と、この家の悪事を、この五年間で集め全て記した物と、その証拠の品を学院へ行く前に届けるため、いつもより早く階段下の部屋から、クロノさんの部屋に向かいます。


 コンコンコン


『はい、少々お待ち下さいませ』


 カチャ


「レアーお嬢様、御用向きは?」


「中には入れて下さいませんの?」


「ふふっ、どうぞ」


 未婚の女性が男性の部屋で二人きりに等々などなど何度も聴かされましたが、クロノさんは部屋に入れてくれます、幼い頃には湯浴みもしていただきましたのに、おかしなお方です、あの頃より傷が増えたこんな私に、その様な気遣いをする必要など無いのです、それに、ナイフで刺された時には全てを見られてしまってますから。


 質素なソファーに、足を気遣い手を引き案内をして、クロノさんはお茶の用意をしてくれます。


 入れてくれた紅茶の香りを楽しみながら、喉を湿らせます。


「クロノさん、この後計画の実行をおねがいいたします」


「だと思いました、レアーお嬢様もよくここまで我慢なさいました、このクロノ、先代からの遺言を全ういたします」


「はい、お願いいたします」


「分かりました、こちらがこの家にある脱税を納付出来る金額を除いた全財産の引き落としが出来る商人ギルドのカードです、レアーお嬢様名義にしてありますのでご心配なく」


「うふふ、流石クロノさんですわね、ありがとうございます」


「お飲み終わりましたら学院ヘ御送りいたしましょう、その足では間に合いませんので」


 本当に気が利いて、私も、心を奪われていたかもしれません、いえ、ほとんどが奪われた後なのでしょうね、この様な姿になる十数年前は『くりょののおよめしゃんになりゅ』と言っていましたから······この様な姿になりましたが、その思いはまだ諦められません。


「ありがとうございます、落ち着いて、落ち度が無い様にいたします」


 お茶を飲み終わり、クロノさんのエスコートで馬車に向かい、馬車へ乗せていただきます。


 まずは王城に向かいます。


 計画の下地を作るためにかかった月日が思い出されます。


 門番さんは、元伯爵様、宰相として、王子様にご注意をしたと、その罪で門番として五年もの間、つとめなければならないそうです。


 その方にクロノさんは、二冊の資料を渡しています、伯爵様は大きく頷き、門の中に入っていきました。


 一冊は王様へ、もう一冊は近衛騎士団長様へ。


 クロノさんは戻ってきて、学院へ馬車を向かわせます。


「これで今日中には王様も近衛騎士様も動くでしょう」


「そうですわね、王様と、近衛騎士様が動いてくださるなら、間違いなく最後ですねあの方々は······」


 馬車を降りればそこは学院、学友達もいくらかは既に登校していることでしょう。


 馬車が止まりました、私は髪の毛を結わえ傷痕を初めて学友の前にさらします。





 義眼は着けず、眼孔がんこうを晒し。


 髪を結わえて、額の傷と火傷を晒す。


 半袖の制服は手袋をせず、刺し傷を晒します。







 馬車の戸を開いたクロノさんが、こんなことを言うのですよ。


「レアーお嬢様、顔が笑顔になっております、整えて下さいませ」


「そうでしたか、分かりました······すぅぅ、はぁぁ」


 大きく胸の奥まで息を吸い込み、ゆっくりと吐き出し、気を引き締めます。


 ゆっくりと足を引きずり、クロノさんの手を頼りに馬車を降りました。


 暑さの増す夏の日差しが私を照らします。


 そして日の元に晒された私を見つけた学友達が、ザワザワと辺りの空気をざわつかせ、そのざわつきが更に視線を集めてくれます。


 私は沢山の視線を浴び、休み前の集会が行われる会場へとズリズリ足を引きずりながら入りました。


 ここでも皆の視線が私に降り注ぎ、行く先が左右に分かれて行き、前方の椅子が並べられた舞台が見えました。


 私は生徒会副長の席に座ります、もちろん壇上、隣にはまだ来ておりませんが会長、婚約者の王子が座るな、それでいて豪奢ごうしゃな椅子が座る者を待っております。


 次々と入場してくる者達は壇上の私を目にする。


 あるものは、驚き。


 あるものは、じっと見つめ。


 あるものは、目をそらし。


 あるものは、表情を歪め。


 あるものは、『・・・・頑張れ!』と口が動く。


 あるものは、侮蔑ぶべつし。


 あるものは、さげすみ。


 あるものは、笑みを浮かべる。


 さあ、壇上から見える会場の出入口の外側に、豪奢ごうしゃな馬車が停まりました。


 馬車の戸が開かれ、中からはきらびやかな衣装に身を包んだ婚約者、王子様があらわれ、会場入りをします、全ての者が跪く中、会場の中に入ったと言うのに、私の事は一瞥いちべつもせず、最近のお気に入りである伯爵令嬢、門番をしていた方がお父様でお可哀想な方です。


 肩を抱かれ顔を歪め涙しています、その苦しみはもうすぐ終わらせます。


 ケルド王子様と一緒に来たローグガオナー先生が最後の様子で、全ての方が揃い、会が始められる時まで伯爵令嬢をなぐさみ、令嬢は涙でドレスに模様を作ってしまっており、肩口には血が滲んでおり、針の様な物が何本も刺さっております。


 王子が壇上に上がるため、その身を解放されると振り向きもせず、肩に手を添え会場を出て行きました。


 壇上に上がり、椅子の前までおいでになって初めて自身を見上げている私の姿を目にし、驚きの表情と共に言葉を発しました。


「何だその顔は」


「······」


「声を出すことを許す!」


「おはようございます王子様、ご機嫌麗しゅう御座います」


「その顔は何だと問ておる!」


 まあ、大きな声をお出しに。


「元々この様な顔で御座います、いかがなさいましたか?」


「貴様! その様な顔を隠し我の婚約者となっておったのか!」


「いえ、本日は髪を結い上げ、義眼は外しておりますが、私はこの学院で王子様と会った時はすでにこの顔でしたが?」


 まだある瞳と、光の無い眼孔で見つめ、笑顔が出ないよう下から見上げます。


「ぐぬ、聴け! 今この時をもって婚約を解消する! 目障りだ! 出て行くがよい!!」


 うふふ、第一段階は、思いのほか順調に進みました。


「申し訳ありません、では失礼します」


 ゆっくりと立ち上がり、足を引きずり、笑みが漏れないようにしながら壇上を後にする。


 時間が掛かりましたが、会場を出て向かう先はクロノさんの待つ馬車置き場です。


 クロノさんが、馬のブラッシングしている姿を見て、笑みが我慢出来ませんでしたが、人目もなく誰に見咎められる事無く無事にクロノさんの元にたどり着きました。


「レアーお嬢様、上手くいったようですね、参りますか」


「ええ、この様に晴れやかな気持ちになるのは初めてです。思いの外早いですので家まで、お願いできますか」


「はい、第二段階ですね、衛兵の詰所に資料を届け帰りましょう」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 衛兵の詰所に届け物をしました、これで別邸の制圧のため兵士達との連携が取れることでしょう。


 家に着いた私は、執務室に居る父に会いに行きます、婚約破棄を言い渡された事を伝えに。


 髪を下ろし、義眼をめ、手袋を嵌めました。


 見た目は傷痕一つ見えなくなります。


 そのままでは警戒するとクロノさんが言うので、傷が見えないようにしました。



 コンコンコン


『誰だ』


「私です、レアーです」


『入れ』


 カチャ


「なぜ今頃この家に居る」


 息を吸い込みゆっくりと吐き出し気を落ち着かせます。


「本日、婚約破棄を王子様より言い渡されました」


「な! 何だと! なぜだ!」


「私には何も分かりません」


「ぐぬぬぬ、貴様のお陰で計画が全て遅れる! あの息子の暴虐の捌け口を探さねばあやつは計画の邪魔になる! クソ! この夏が終われば王になる筈が、もうお前には何も望みは無い! 廃嫡だ! 今後家名も名乗る事は許さん! 即刻出て行け! 二度とこの屋敷の敷地に入ることを禁ずる!」


「はい、失礼します」


 私は執務室を出て、クロノさんの待つ馬車に戻ります。


 クロノさんは執事服からローブに着替え、待っていてくれました。


 もう、笑顔でクロノさんに近付き抱き付きたい衝動が、ぐっと押さえ込み、ゆっくりとクロノさんが待つ馬車までたどしつきました。


 馬車はボロボロですが、見た目とは裏腹に頑丈に出来た馬車です、それにクロノさんに手伝ってもらい乗り込み、窓のある所に座らせてもらいました。


 だって、この晴れやかな気持ちで景色を見たかったからです。


 屋敷の敷地を出てすぐに一台の馬車とすれ違いました、騎士様が乗る馬車の様です、屋根の無い馬車ですので、八名の騎士様が乗っているのが見えました。


 その馬車は速度を落とし、今出てきた屋敷に入って行きます。


 私の予想では捕縛に来た騎士様たちです、小窓からクロノさんに話しかけ聞いてみましょう。


「捕まえに来られたのかしら?」


「その様で御座いますね、今朝、学院に行く前に届けておきましたので、ほらレアーお嬢様、学院からも護送用の馬車が出て参りますよ、王子が乗っておりますよ」


「まあ、こちらは数日後と思っておりましたのに」


「後ろ手に縛られております」


 小窓から見た王子の顔は青ざめおびえた顔をしておりました。






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