第36話 溺れるもの 

3日前の昼下がりのオフィス街。忙しくサラリーマンやOLが行き交う。

突然一人のサラリーマンが苦しみ出した。もがき苦しみながら倒れ、やがて動きが止まった。

周囲には人だかりができ、中にはスマホを片手に現場を写すものも。

スマホで現場を写していた若者二人が突如、手に持っていたスマホを落とした。そして、倒れてサラリーマンと同じようにもがき苦しみ出した。やがて二人も倒れて動かなくなった。

そして近くにいたOLが苦しみ出した。

周囲の人々は、初めて自分達も同じ目に遭うかも知れないと気づき、次々に悲鳴が上がり逃げ惑う人たちでその場所は狂乱状態となった。



事件のあった現場。歩道脇に花束がいくつか置かれていた。

浜田は所轄の警官から事件の概要を聞いていた。

由佳と良宣は少し離れた場所で周辺を見ていた。

「ここで通行人が次々に溺れ死んだのよ」

「歩いている人が溺れ死ぬ?」

「そうよ、アスファルトとコンクリートの街中で、雨も降らず、水溜りもなく、水の入った容器すら道に無い状態で、普通に歩いている通行人が突如溺れ死んだのよ」

「まさか・・・」

「検死結果、肺や気道が水で満たされていたそうよ。肺や気道が水で満たされたら呼吸ができない、つまり苦しみ出した瞬間に肺や気道が水で満たされたという事」

「誰かが無理やり水を大量に飲ませたとか・・・」

「目撃証言では普通に歩いていて急に苦しみ出したそうよ。多くの人が目撃している。しかもここだけじゃない、他にも同様の事件が起こっているのよ」

浜田さんが近づいてきた。

「こんな奇怪な事件。俺たち凡人じゃわからん。頼みます。姉御たちの力が必要です」

「3日も経っているから痕跡が残っているかどうか・・・」

母さんの周囲に光の輪ができると同時に光の輪から小鳥、リス、ネズミの小動物が湧き出してきて、一斉に周囲に散っていった。

「良宣、あなたの式神はどれも強力強大な力を有しています。しかし、強ければいいわけではありません。大事なのは、状況に応じた式神をどれだけどのように使いこなせるかです。もっと状況に応じた式神を使いこなせるようになりなさい」

「ハイ!」

母さんは家族の中で最も多くの式神を使いこなしている。その数は100体を超えていると云われている。山森神社の巫女さんや事務員にも式神が紛れ込んでいるらしいからその数は凄まじい。

索敵のための式神たちが周辺を隈無く調べ上げている。

やがて何か痕跡を見つけたようだ。

「あのビルの屋上ね」

そう言って少し離れたビルを指差した。

「かなり距離があるね」

「大丈夫よ。時間的には一瞬と同じよ」

「エッ・・・一瞬・・・?」

「又三郎。二人をお願いね」

どこからともなく青い着物を着た子供が現れた。

「お任せください」

すると又三郎と呼ばれた式神が自分と浜田さんを持ち上げ空中を凄まじい速度で飛び始めた。

「エッ・ウォ〜〜〜」

浜田さんの叫びが街に鳴り響いた。

確かにほぼ一瞬でビルの屋上に着いた。

浜田さんは完全にダウンしている。

「あらあら、冬華さんが見たら笑われちゃうわね・・・」

「エッ・・・冬華さん!」

気を失っていたはずの浜田さんが飛び起きた。

恋の力は恐るべきものだ。

しかしなぜ知っているのか、聞いてみたいが藪蛇になりそうだからスルーしておこう。

「良宣、ここに何があるかわかる」

周囲をよくみてみると、ある一画に歪んだと言っていいのか不快な気配の塊を感じた。

「あそこに歪みと言っていいのか何か不快な気配を感じるよ」

「正解!あそこで何らかの呪術を行ったものがいたという証拠ね。わずかながら痕跡があるから追うわよ」

「又三郎またお願いね」

浜田さんの顔色が変わった。

「俺・・・俺、遠慮しておきます。俺普通人ですから無理です。警察に戻ります」

「・・・よく聞こえなかったから・・・もう一度言ってみてくれるかしら!浜田君!」

「・・・・・」

「浜田君!聞こえない!!!」

やばい、母さんの目が怖いです。

「何でもありません。仰せのままに・・・」

「それじゃ、又三郎お願いね」

再び、街中に浜田さんの叫び声が響き渡るのであった。

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