3.榧ノ木魔法教導女学院(3)

 もうすぐ春休みも終わりを迎えるという頃になると、次々に生徒が寮に戻ってくる。学院敷地の入り口から寮までは箒を使って移動する者が殆どで、箒に乗った魔女達が寮に向って渋滞していた。

「うわー、なんかコオロギの大群が押し寄せてくるみたい」

 六階の自室の窓から寮に向かってくる魔女の大群を見ていた才架は辟易した。

「コオロギの大群ですって!?」

「違う! たとえ話よ!」

 苗が害虫駆除の魔法を発動しようとするのを阻止して、才架は溜息を吐いた。苗の殺気が消し飛ぶように何か他の話題を考える。

「そういえば、今日入学式の準備の日だわね」

「あー、会場の設営は去年度の第六クラスが担当になってたねー。そういえば」

 入学式の会場設営は毎年体育祭の結果によって担当クラスが決定する。この体育祭は縦割り式に三学年すべての同じ番号のクラスが1チームとなって争う。成績の上位から第一クラス、第二クラス――とクラス分けされていく中の、第六クラスとはすなわち最下位のクラスであるのだが、このクラスはただ最下位というだけに留まらない。

 中には実力は折り紙つきの問題児だったり、成績には反映されないが特殊な魔法を得意としていたりなど、一癖も二癖もある連中の集まりだ。この集団が体育祭で纏まるのは至難の業で、時に一丸となった年には破竹の勢いで他の追随を許さず一位を取ったりもするが、大抵の場合は個人主義の寄せ集めなので大敗を喫する。そんなわけで、去年は色々あった結果、結局最下位になった。

「さて、くせ者どもが勢揃いする前に行くとしますか」

 才架は大きく伸びをした。

 体育館にはすでに設営スタッフに選ばれた生徒達がちらほらと集まってきていた。

 才架の同級生たちは、才架と苗を除けば皆二年次も第六クラスに所属することが決まっている。気心の知れた第六クラスの愉快な仲間たちは、才架と苗が第一クラスに編入となった事を寂しくも、誇らしくも思っていた。

 才架にとって、旧一年第六クラスは心の落ちつける居場所だった。明日から新学期が始まれば、才架達は第一クラスの新しい仲間達の元に旅立たなければならない。設営作業は気の置けない仲間達との最後の共同作業になる。

 しばらくすると、懐かしい第六クラスの面々が才架の元に集まってきた。どこで聞いたのか、彼女達は皆、才架がオールドシスターに選ばれた事を知っていた。彼女達のひやかしを受ける才架は辟易とした。それと同時に、そのやりとりをひどく愛おしくも思った。

 昼時が近づく頃に設営作業はようやく終わった。第六クラスの面々はそのまま食堂へとなだれ込む。

 帰寮者が増えてきた事で、昼時の食堂は人でごった返している。才架たちは昼食を盛り付け、空いている席に着く。才架がトレーを置いて席に着こうとすると、その横に座っていた生徒達があからさまに舌打ちをして席を立つ。そして、才架の後ろを通り過ぎる際に、悪態を吐いた。

「青タグ生まれが、調子に乗りやがって」

 その言葉に、寿々祢すずねが声を荒げる。

「あんたら、今何て言った? “青タグ生まれが”って言ったよな!? 差別発言だ、撤回しろ! 才架に謝れ!」

 寿々祢に食って掛かられた女生徒達は、舌打ちをして振り返る。

「何? 本当の事を言ったまでじゃない。真朱まそお先輩に取り入って、今度は二年生OSにして貰ったんでしょう? 恥ずかしくないの?」

「んな!? そんな言い方、才架だけでなく、真朱先輩まで侮辱するのか!?」

「あの人はもう卒業したのよ! いつまで卒業した人の虎の衣を借るわけ?」

 言い争いがヒートアップする最中、寿々祢と言い争いをしていた生徒の後ろにいた生徒がコップの水を才架に掛けた。突然の事に、皆が唖然とする中、水を掛けた生徒が震えながら言葉を発する。

「全部、こいつが悪いのよ。第六クラスで大人しくしていればいいものを! 真朱先輩のLSに選ばれたからって優遇されて! 調子に乗りやがって、青タグ生まれのくせに!」

 才架は水を滴らせながら興奮する彼女達を一瞥いちべつしただけで無視を決め込んだ。それが気に食わなかったのか、水を掛けた女生徒が平手打ちしようと手を振りかぶる。その時だった。

「やめなさい」

 声の主は女生徒の振りかぶった手を背後から掴んだ。

「誰!?」

 そう言って振り返った女生徒が、ひっ、と短く悲鳴を上げる。

「せ…… 生徒会長……!」

 女生徒の手を掴んだまま、生徒会長と呼ばれた、長い黒髪に涼やかな顔立ちの凛とした雰囲気を纏う少女は冷静な声色で言う。

「榧ノ木の生徒として、恥ずかしい振る舞いだとは思わなくて?」

「も、申し訳ありません!」

 そう言って、そそくさと才架に食って掛かっていた生徒達が退散していく。その生徒達に寿々祢が「謝れー!」と怒鳴っているのを苗が必死にいさめている。

「大丈夫? これ、良かったら使って」

 そう言って、生徒会長――青依薙子あおい なぎこが白い上等なハンカチを差し出す。

 青依薙子は、真朱ユキの後を次いで生徒会長になった眉目秀麗と名高い人物で、その生家は日本魔法界を牛耳る三つの名家――御三家の一つ、青依家である。

 同じく御三家である桃儀家の分家である真朱家出身のユキとは毛色の違う人物で、腹の内を他人に見せない、良く言えばクールビューティーというやつだが、悪く言えば取っ付きにくい冷たそうな印象の人物だ。

 才架にとっては苦手な部類の人物で、特にこの底の冷え切っているような瞳と、それをカモフラージュするかのように浮かべられた笑顔が不気味で好かない。

「ありがとうございます」

 才架がお礼を言いながら差し出されたハンカチを受け取ると、青依はその場を後にしようとする。

「あの! 青依先輩、これ洗って返します!」

 才架が慌てて大声で引き止めると、青依が振り向く。

「いいのよ、あなたに差し上げるわ。それから、食堂ではもう少しお静かにね、黒羽さん」

 青依はわずかに口角を吊り上げながら言うと、颯爽と食堂を出て行った。

「青依先輩かっこいい~」

 元クラスメイトのかささぎみりが、「ひゅう」と口笛を鳴らしながら言う。

「良くして貰っておいて悪いけど、わたしはちょっと苦手」

 才架が椅子に座り直しながら言うと、元クラスメイト達が元気良く笑った。

「才架ちゃんは真朱先輩びいきだから~」

 きょとんとしている才架の鼻先をつつきながらみり子が言う。

「でも少し分かるかも。青依先輩ってなんかちょっと冷たい感じがするもん」

 苗が言うと、みり子は「苗ちゃんも真朱先輩びいきだもんな~」と言いながらサラダを口に運ぶ。

「そんなことより、才架のOS、本当のことなの?」

 みり子の隣に座っていた炭谷すみたにセイラが声を上げると、クラスメイト達の視線が一気に才架に向けられる。

「ま、まあね…… これも、真朱先輩の試練みたいなんだけど、今度のOSの補充要員はわたしになりました……」

 才架が嫌そうに宣言すると、クラスメイト達から黄色い歓声が上がる。クラスメイト達は口々に、「あのおうぎの鼻っ柱をこれで折れるぜー」やら「才架が実質一番天才じゃ、ボケ!」などなど、とてもお嬢様学校とは思えぬ激しい言葉が飛び交う。

「ちょっと! さっき青依先輩にもう少しお上品にって怒られたばっかりなんだからー!」

 才架がクラスメイトを鎮めようとするも、クラスメイト達は昼食もそっちのけで喜びはしゃいでいる。

「そういえば今度の新入生に、桃儀家のお嬢様が居るんですって! どうしよう、才架がお嬢様のOSになっちゃったら!」

 誰かが言うと、クラスメイト達の話題は桃儀のお嬢様の事に切り替わり盛り上がる。

「桃儀って、御三家ごさんけの?」

 才架が聞くと、斜向はすむかいに座っているみり子が肯定する。

「そだよ~ 御三家の中でも桃儀家は特に特別で、日本魔法界の始祖、卑弥呼ひみこさまの直属の弟子だった壱与いよさまの子孫なんだよ」

「御三家ってみんな卑弥呼の子孫じゃないの?」

「もう~! 才架ちゃん、卑弥呼さま、だよ! 日本人の魔法使いはみんな卑弥呼さまから始まってるんだから、呼び捨てはメ!だよ」

「ごめん、みり子」

 頬を膨らませて言うみり子の姿に、才架は微笑む。

「で、他の御三家は卑弥呼さまの子孫じゃないの?」

「卑弥呼さまの子孫、っていう人は一人も居ないんだよ」

 みり子はプレートに乗っている野菜をフォークで突きながら説明を始める。

「その昔、日本に魔法を持ち込んだのが卑弥呼さま。卑弥呼さまの力を尊敬した人たちは、卑弥呼さまのもとに集まって国を作ったの。それで、その国の人たちに、卑弥呼さまは自分の力を分け与えた。この国、邪馬台国やまたいこくこそが日本魔法界のはじまりの姿なんだよ」

非魔法界ひまほうかいの歴史の授業でも習った!」

 才架が言うとみり子は嬉しそうに「うんうん」と頷く。

「卑弥呼さまに直接力を分けて貰った人達の子孫が今の御三家。昔はもう少しいっぱいあったみたいだけど、今は桃儀ももぎ青依あおい黄久代きくしろの三家しか残ってないんだよ。その中でも、卑弥呼さまの跡を継いで邪馬台国の女王になった壱与さまの血を引いてる桃儀家は特に特別なんだよ」

「へえ~、御三家ってそんな古代から続いている家なのね。歴史長いなあ」

 才架が関心していると、セイラが身を乗り出してきて話しに割って入る。

「今度の新入生には桃儀のお嬢様だけじゃないわよ! なんと、黄久代のお嬢様もいるんだから!」

「黄久代家も御三家なんでしょ? すごいな、今度の新入生」

「でも、黄久代は落ち目って言われてるから、桃儀のお嬢様より話題性は無いかも」

「え、どうして?」

 才架が首をかしげると、セイラは辺りを気にしてから才架に耳打ちするように小声で説明してくれる。

「黄久代は、元々いわくつきの家門なのよ。卑弥呼さまじゃなく、その弟君の弟子だったんじゃないかって言われてるの。でも、名を落としたのはそれが原因じゃなくて、次期当主だった黄久代芳和きくしろ よしかず軍幹部鏖殺ぐんかんぶおうさつ事件を起こして処刑されたせいだそうよ。あの事件以降、黄久代の発言権はほとんど地に落ちたって」

「え、でもその事件って、メルム戦争開戦あたりの話しでしょ? 昔の事じゃない」

「たった六十年くらいじゃ、家についた汚名はそそげないのよ」

「そういうもんか」

 才架がオムライスを口に運び咀嚼を始めると、「そんな辛気臭い話より」と声が上がる。

「才架はどんな子のOSになりたいの?」

 ウキウキした様子でクラスメイト達に問われると、才架は興味なさ気にオムライスを口に放りながら考える。

「ん~ 面倒じゃない子」

 才架の答えにクラスメイト全員ががっくりと肩を落とす。

「才架ちゃんは野心が足りないねぇ~ せっかくなんだから、御三家のお嬢様でも引き当てて、人脈作っちゃうとかさ」

 みり子が言うと、才架は首を横にぶんぶん振る。

「やだ。 面倒なの嫌いだし、それに、わたしはわたしの力で未来を切り開くのだ!」

 才架が勢い良く立ち上がり、ガッツポーズを決める。それに「おー」と歓声を上げ、拍手する元クラスメイト達を困り果てたような顔で見やりながら、苗がつぶやいた。

「欲が無い人程、案外引き当てちゃったりしてね……」

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