2.雪原

 白い雪に埋まった森の中、零下三〇度の世界に二つの黒い影がうずくまっていた。  降りしきる雪に遮られて視界は悪い。

 うずくまる影の正体は二人の男だった。一人は力なく木にもたれ掛かっている長身の無骨な男。もう一方は、まだあどけなさの残る面影の小柄な青年で、まるで大きな獣に狙われる小動物のように警戒心をあらわにし、小銃を握り締めながらしきりに辺りに気を配っている。

 はぁ、はぁ、と短く浅い、苦しそうな息遣いきづかいが青年の鼓膜をかすめた。

「大丈夫か」

 木に凭れる男の方をちらりと見て声をかけるも、すぐに視線は辺りの警戒に戻す。睨みつけるようなその視線は一所ひとところに留まる事が無い。

「……さっきよりは大分楽になった。弾は貫通したみたいだ。それにしても」

 木に凭れた男は、脇腹を押さえる手を見やった。

「俺たちの部隊は全滅か?」

 雪を睨んだまま、反応はない。だが、わずかに小銃を握る手に力が込められたのを男は見逃さなかった。

「……そうか、全滅か」

 木に凭れた男はうつむきながら呟いた。

「まだ貴様がいる」

 青年の言葉に俯く顔を上げれば、二人の目が合った。今度は目を見て会話をする気になったらしい。

「そうだな、お前もいる」

「そうだ、貴様と俺が残っている。全滅ではない」

 言って、二人は静かに笑った。一面の雪景色の中、二人の笑い声だけが音としてこの場にある。

「この戦争はいつ終わると思う?」

 負傷した男が言った。

「……」

 青年は答えなかった。ただ、足元の雪を眺めている。先ほどまでの殺気立った瞳は鳴りを潜め、今は丸い美しい目に、黒く澄んだ瞳をたたえている。目元にはまだ幼さが残っているが、色白の肌に、薄い唇と筋の通った鼻は中性的で美しい顔立ちを作り上げている。

 青年は、防寒用の軍装をその身に纏っていた。ダークグリーンの外套がいとうに身を包み、防寒帽ぼうかんぼうかぶるその姿は、彼が兵士であることを表している。

 木に凭れる男も同じ軍装に身を包んでいる。こちらは無骨な輪郭に、着膨れる防寒外套の上からでも鍛えられたその肉体が分かるような、軍人然とした軍人だ。兵士には見えないような小柄な体つきの青年に比べると、まるで大男にも見える。

 青年は静かに口を開いた。

「お前たちに子供が出来て、その子が俺達くらいになる頃には、終わっているといい、と思う」

 その言葉を聞いて、木に凭れた男はくつくつと笑った。笑った衝撃で、また脇腹が痛み出したようだ。顔をゆがめながら、それでも男は幸せそうに言った。

「そうなったら、良いな」

 やがて夕日が二人をオレンジ色に染め上げた。もうじき日が暮れる。白銀の大地に冷たい夜が訪れる。

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