ステータスとスキル

 目を開けるとそこは異次元だった。


 水が噴き上げる、レンガの敷かれた広場。笑顔のまま佇む売店員。動きに一定のパターンがある受付嬢。数多の見目麗しい男女。

 日頃より高い視点。男性的なゴツさの手。やや低めで透明感のある声帯。視界に時折入り込む、硬質な白い髪。


 ――ああ、俺はここに来たんだ。その実感がゆるゆると汲み上げてくる。



 勝利条件は至ってシンプル。最後に残ったプレイヤーが優勝者。

 システム上、相討ちで終わる場合もある。そのパターンになったらプレイヤーの撃破数が多い方が勝者らしい。それ以上は記載されていなかった。


 俺達参加者が配慮しなければならないのは禁止事項だ。それに反した瞬間、実名とHNとゲーム内での容姿を公開される。ネットにとってもリアルにとっても処刑同然。

 ……全員がルールを確認して、納得した上で参加書にサインしたはず。だから企業側の法律違反にはならないと思う。


①現実の肉体への加害及び名誉毀損

②規約外の改造

③シャットダウンから大会終了までの間、他者の個室への侵入


 ①は要するに、ゲームのゴタゴタを現実にまで持ってくるなって話。②はチートすんなよってこと。③は①防止のためかな。


 シャットダウンは、ここでは誰かに撃破された時の強制ログアウトを指す。つまり負けだ。今のところ俺は5回の経験があった。

 痛覚はなかったけど、一方的に視界が閉ざされていくのはそれなりの恐怖。今回は勘弁願いたいところだよ。



 脳内演劇を繰り広げていた俺は体を伸ばした。現実の僕はゲーミングベッドで眠っているけれど。

 適当に走って、僕の時よりも余程速く移ろっていく視界への適応を始めた。


 俺達プレイヤーは最初、同一の身体能力に設定されている。僕からすれば常に速度上昇しているようなものだけど、陸上選手にこれをやらせたらストレスフルだと思う。

 そこで、だ。俺の体に慣れてからCPUの女性に近づいていった。


「【Yucca】です。【……】。大会用のパラメーターにしたいんで、申請お願いします」


 ロング金髪タレ碧眼巨乳お姉さんは俺を見る。一瞬の間を置いて「Yucca様ですね」と返答が来た。よっしゃ、今日の回線は勝ち。


「こちらが変動可能なパラメーターとなります。詳細を説明致しますか?」

「結構です」


 目の前に広がったのはラノベあるあるのステータス一覧。攻撃力と防御力、探索力と移動力。生命力、あとオマケ要素で運勢。


「運勢を9下げる。……探索力を6、移動力を3増やす。攻撃力の4を生命力に動かす」


 6つの要素は最初、1つにつき10に設定されている。それを自分の好みに合わせて他の項目に振り分けることが出来るのだ。

 最低1、最大55。全振りの恐ろしさは自分で試したことがあるから分かる。あんなに勢いよく動けるとも、小石に躓いて転んで広場に送還されるとも思わなかったから。


「うん、これくらいで。今日はよろしく」

「本日は大会へのご参加、誠に感謝致します。ぜひお楽しみくださいませ」


 微妙に噛み合わない会話を終えて、もう一度動作を確かめる。さっきよりも速い。そのまま噴水周りをグルグルと走った。


 やがて満足したら、こめかみを2回触ってメニュー画面を出す。映し出された時刻はAM10:47。開始まで13分。

 だったら次はさっさと決めないとな。そう思い、もう1つのメインシステムを得るために男のCPUへ近寄った。


「【Yucca】。【……】。大会用のスキル貰えます?」


 ショート黒髪ツリ赤目王子様は笑顔のまま沈黙する。普段より素早く「Yucca様ですね」と言われた。やっぱり会場回線すごい。


「こちらが大会にて利用出来るスキル一覧になります。詳細を説明致しますか?」

「結構です」


 返しつつも俺は既に狙いを定めている。日頃から愛用している超能力の名称を伝えた。


「〔地形把握マップ〕ください」


 このゲームでは沢山の種類の特殊効果――スキルが用意されている。〔地形把握〕はその内1つで、初心者に人気。猛者なんかはとっくにエリアを暗記しているらしいけど俺はそこまで廃人じゃない。


「本日は大会へのご参加、誠に感謝致します。ぜひお楽しみくださいませ」

「はーい。ありがとう」


 今日は基本的に逃げるが勝ち作戦。乱戦になっても離脱できるような、そんなタイプにカスタマイズした。



 疑問だったと思う。なぜ、プレイヤー間の差分がこのCPU達に委ねられているのか。――その答えは。


 この{インター・ライフ・カスタマイズ}はRPG風の世界観でありながら、レベル制度を用いていないから。

 文字通り、完全なる実力主義だからだ。



 〔地形把握〕の動作確認を済ませる。時間はもうすぐだった。

 3、2、1――。


『これより{インター・ライフ・カスタマイズ}総合大会を開始します。参加者の皆様をランダムにテレポートさせますので、衝撃もしくは昏倒にお備えください!』


 突然、案内放送の声が響いた。そう認識した途端に視界がブラックアウトする。


 試合は始まった。

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