第2話 とある女と衾雪

 何かに導かれたのか。

 はたまた、ただ行き着いてしまっただけか。


 「わっ」

 とある真冬の住宅地で、女の子とぶつかった。無視して通り過ぎようかと思った。

 「おっと、ごめんなさい。大丈夫?」

 でもは自然に、目の前の華奢な女の子へと伸びていた。

 魂を吸うのではなく、ただぶつかった衝撃から助けるために。

 「だいじょぶです」

 「そう。1人?危ないから家にいた方がいいよ」

 女の子は私を見上げながら、口をあんぐりと開けて固まった。

 そして私から視線をそらして、ゆっくりと話し始めた。

 「あの、雪だるまのうでの、枝探したくて。大きくて丈夫なうでなんですけど」

 少女はどうやら枝を手に入れるために彷徨いていたらしい。枝はこの先の公園で手に入れるつもりなのだろう。

 公園の場所を教えてとっととここから去ってしまっても良かった。ただ、そうなるとこの家が並ぶだけの銀世界に少女を一人放り込むことになる。


 温情なんて抱いていないはずの彼女は、いつの間にか少女の安全を守るために動いていた。



 雪道を、ただ歩く。

女は公園を通り過ぎ、さらに先にある冬山の麓へ向かっていた。

あの少女が求めていたのは「大きくて丈夫な腕」であり、そこら辺に落ちた枯れ木ではない。

この地方の極寒にも耐え続けているあの冬山に連なる木なら、十分だろう。


冬山の麓に辿り着いた女は、さっそく木から枝を二本へし折った。

自分は手袋をしていなかったが、地肌を襲う寒気や、手を刺すガサガサの樹皮なんてまったく気にしなかった。

むしろこれらの、つんざくような痛みが自分にとっては心に寄り添う感触だった。



枝を二本手に持って、再び少女とぶつかった場所へ来た。

女が着いたのと同時に、左手前にある家門が開き、女の子が二人揃って出てきた。

「おかえりお姉さん」

「はじめまして、お姉さん。お家へどうぞ」

ぶつかったときの少女とは別の、もう一人の女の子が私を家の中へ誘う。


この私が人家へ踏み入るということは...。


そこで思考を止めた。

自分がただの少女一人のためだけに冬山まで出向いている時点で、異常だ。


人家へ入ることにした。

植物が雪で埋まり一面真っ白な庭の様子はよくある平凡なものなのに、人の温もりが濃密に感じられた。

門を通ったところから外庭の左角に、一体の雪だるまがいた。


二人の少女が雪だるまの前に立つ。そして、女に雪だるまを差し出すように手のひらで示した。

「私が枝を差すの?」

少女たちの意図を、確かに汲み取る。

「うん!お姉さんが見つけてくれた枝だもん」

自分とこの家の前でぶつかった、あの女の子が言う。

何の恐れも躊躇もない、屈託のない瞳を向けて。

「…いいね。この雪だるま」

 「ママだるまですよ」

女の子の友だちが、大きな声で言い切る。

  「ママだるま?」

  「うん!優しいわたしのママなの!」


女の子が、真実を言った。

それで、全てが分かった。


この女の子の境遇も。この雪だるまを作った経緯と背景も。女の子が雪だるまに抱く想いも。


自分がこの女の子とわけも。


 頭と体の形状。雪で出来た肌の白さ。どれをとっても人間のそれとは明らかに違う。触ったときに伝わる温度は、人の温度を一切寄せつかせない冷たさ。

 雪だるまから手を離して、今度は女の子の頭をそっと撫でる。

 髪の毛の柔らかい感触は、今までに味わったことがないはずなのに懐かしさを感じさせた。

「…お姉さんが魔法、かけてあげるね」

「えっ!魔法?」

「やったー!」


 雪だるまの前にしゃがむ。

 雪だるまの体の側面に、手に持った二本の枝を順々に差す。

 腕が抜けないように、体が壊れないように、そっと、だが力強く枝を取り付けた。


 再び女の子の元へ歩み寄る。

「話しかけてみて」

「うん!……」


 幼い少女二人は目の前にある希望に意気揚々と向かう。


そして、ただの雪の塊に、「ゆき」と名付けられた女の子が命を吹き込むのだ。


「ママ!」



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