10(終)




 休み明けの朝は大層気怠い。それが激務明けともなると尚更だ。しかしそんな空気をものともせず、やたらと元気な人種もいる。中条の後輩もその一人だ。

 お土産です! といかにも「お土産」とした感じの焼き菓子を箱ごと差し出され、中条は軽く笑いながらそこから一つ受け取った。


「日吉ちゃん連休中どっか行ってたの?」

「はい、先輩に色々連れて行ってもらってました!!」


 満面の笑みの答えにあ、察し、と中条はなんとなく理解してしまう。


「これは課のみんなへのお土産なんですけど、こっちは中条先輩にです」


 晴香は手にぶら下げていた紙袋ごと中条に手渡す。小さめの可愛らしい袋で、中身もそれに見合った小さなサイズではあるが


「――焼酎!」

「道の駅で通りすがりのおじさんがお薦めしてたので!」

「よく分からないお薦めだけどありがとう? いや、うん、わざわざおれのためにって買ってきてくれたのはすごい嬉しいよ。ありがとうね日吉ちゃん」


 改めて礼を言えば、晴香も嬉しそうにしている。人見知りではないけれど、人間関係にわりとシビアな後輩である。それがこうやって気に掛けてくれているのは、中条としても素直に嬉しい。嬉しい、の、だがしかし。


「お? 日吉さん出掛けてたのかい?」

「お土産ありますよ!!」


 出社してきた先輩社員に晴香はいそいそと箱菓子を持って行く。


「これ静岡のでしょう? 日吉さん静岡に行って来たの?」


 次いで顔を見せたのは、三課ができた時からずっと支えている事務のベテランの女性社員だ。子育てもほぼ終えて、今はまたバリバリと働いている。息子ばかりが三人で、娘がいないからとやたら晴香を可愛がっており、それがまた余計に三課の中での晴香の扱いに拍車を掛ける原因の一つだ。


「ええとどこでしたっけ……イチゴのお菓子とかが有名っていう道の駅まで行ってきました」

「あったわねそういえば! この間テレビでも観たけど、結構遠くない? 車で行ったの?」

「先輩が」

「ああ、葛城君と出掛けたんだ。すっかり仲良しねえ」


 彼女もまた葛城が氷河期の如く氷ついていた時代を知っている。当然、晴香がどういった扱いを受けていたかも。


「正直、日吉さん元の総務に戻るんじゃないかしらって思ってたけど……本当に良かったわぁ」

「打たれ強いよね日吉さん。そろそろ営業に出てもいいんじゃない? 今でも葛城君が忙しい時は日吉さんが代わりに行ったりしてるし」

「わたしのやってるのってただのお使いみたいなものなので、まだそんなレベルじゃないですよ。先輩みたいに面の皮も厚くないですし」

「その度胸があれば充分だろ」

「いたっ! 開口一番頭叩くのひどくないですかおはようございます!」

「職場に着いた瞬間に悪口言われる俺の扱いに比べりゃましだろおうおはよう!」


 他の二人とも挨拶を交わすと葛城は自分のデスクへと向かう。晴香はまだ叩かれた頭を摩って痛みのアピールをしているが、すぐに飽きたのか新たに出社してきた社員にお土産を配り出した。


「おはよ」

「おう」

「おれともちゃんと挨拶しろよなー。親しき仲にもって言うだろ」

「お前がその顔を止めるならな」


 葛城の機嫌は朝から悪い。同僚から心底気の毒そうな、そして呆れも入った、なんとも生温い視線を向けられれば当然の話だ。


「その訳知り顔の面……!」

「おれだって訳知りになんてなりたくねえっての」


 対して中条にだって言い分はある。朝から同僚と後輩、そして付き合っているその二人が一体どういう休みを過ごしていたか、察してしまう程にあからさまなのだから仕方がない。


「日吉さん、葛城君に連れて行ってもらったんだよかったねえ」


 いつの間にか課長も姿を見せ、晴香から貰ったお土産を片手にニコニコとしている。

 休日に、わざわざ職場の先輩と一緒に出掛けるだなんて同性どうしでもあまりないだろう。それが男女で、しかも車で出掛けないといけない程の距離。晴香は口にしていないが、中条が追加で渡された焼酎はさらに遠方の地域の名産だ。


「……泊まりがけだったんだろ?」

「いつもの温泉」


 中条の問いに葛城は短く返す。そう、やはり一泊ないし二泊の旅行だ。その真実を知らないにしても、やはり男女でそんな遠方に、となると邪推する人間が一人や二人や三人でてきたっておかしくはない流れである。だというのに、課の人間は誰一人としてそっち方面の考えは浮かんでいない様だ。皆が皆、「葛城君も日吉さんも仲良しでいいねえ」という、なんともほのぼのとした目線で二人を見ている。


 いたたまれない、と中条は胃の辺りが落ち着かない。


 二人が付き合っているのを知っているのは三課の中では中条だけだ。そして中条は晴香の正確も良く知っている。

 ああやって、元気に葛城と出かけた事を口にしているというのは、つまりは何一つ気にするような事がなかったという話だ。

 成人した男女が。恋人同士で泊まりがけで出掛けたというのに。


「――修行僧なの?」

「うるせえ」

「今時の大学生とかの方が進展してんじゃねえの?」

「風呂でのぼせて倒れかけた相手に手なんか出せるか」


 そう、結局追加で泊まったものの、そこでも二人は健全に夜を過ごした。何故なら晴香が

湯あたりをおこしてフラフラで浴室から出てきてしまったから。

 色々と考え込みすぎたのもあったにせよ、そんな一目で具合の悪そうな人間に手など出せようものか。あげく、なにか冷たい物を新しく頼もうと隠したリモコンを引っ張り出し、テレビ画面から注文を飛ばせばその隙に晴香に見つかってしまった。例の、女優の、コンテンツを。


「具合悪いのに結局またAV観て終わったの……? 馬鹿なの?」


 葛城は無言だ。机の上に肘を付いて顎を乗せ、土産を配る晴香の動きを目で追っている。


「……いつまで経ってもお前らの関係がバレないのって、結局日吉ちゃんを甘やかしきってるお前が原因だと思う」


 身体の関係云々前に、晴香にそういう自覚が無い。自覚が無いという事は、つまりは葛城が平時と変わらぬ対応をずっと貫いているという事だ。 


「そのせいで二人で出掛けたっつっても誰もお前らの事疑ってないじゃんか」

「うるせえ」


 葛城の語彙がそれしかない。ひたすら繰り返す葛城に、これはまだ当分この関係性が続くんだろうなあと、中条は心底気の毒そうな眼差しを同僚へ向けた。

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