ほれ、と葛城が差し出した携帯の画面には、たしかに高速道路での事故のニュースが出ている。わざわざ見せなくとも、先輩が嘘吐いてまでホテルに連れ込んだなんて思わないのになあ、と晴香はぼんやりとそう思ったが、口にすればまた叱られそうだと気付いてとりあえず頷くだけに止まった。


「今日はもうここで泊まっていくから」

「ですねえ」


 時計を見ればもうあと少しで日付が変わる。本当に、かなりぐっすりと寝てしまっていた。おけげで目覚めは爽やかなのだが、視界に飛び込んでくる光景がちょっと、いや、かなり刺激が強すぎて晴香は直視するを躊躇ってしまう。


「なんだよ?」

「いえ……ナンデモナイデス……」


 別に風呂上がりの葛城を見るのは初めてではない。それこそ昨日は温泉で一緒に入っているのだ。濡れた髪だとか、バスローブからチラリと見える胸元だとか、裾から伸びた足だとかに恥ずかしがる段階はすでに過ぎている。だというのに、湯に浸かる全裸の姿よりも色気があるというか、艶めかしいというか、早い話が


「……先輩が卑猥」

「襲われたいのか」


 結構です、と晴香は首を横に振りつつ急ぎベッドから降りる。


「わたしもちょっとシャワー浴びてきますね!!」


 逃げるが勝ちとでも言わんばかりに、晴香は手早く荷物を手に取ると急ぎ浴室へと飛び込んだ。

 なんか、ちょっと、さっきの先輩は色々やばかった、と心拍数が落ち着かない。本当にどうして今になって、風呂上がりの葛城相手にやたらとときめいてしまうのか。バスローブか。バスローブ姿なのがだめなのかと、晴香は自分の反応するポイントがよく分からない。

 とりあえず落ち着くためにもシャワーを浴びようとコックを捻る。髪を濡らし、備え付けのシャンプーを泡立てつつ髪を洗えば、いつもとは違う香りに晴香の手は止まる。


 これ、さっき、先輩から漂ってきたのと同じ――ってそうよねそうよだって同じの使ってるんだもん!!


 今更ながらに葛城とラブホテルにいるという事実が羞恥の嵐となって襲いかかり、晴香はうわあああと唸りながらその場にしゃがみ込んだ。

 浴室でまさかそんな展開が起きているとは夢にも思わず、葛城は葛城で多少なりとも浮ついている自分を落ち着かせるのに必死である。

 ここに泊まる事になったのは不可抗力だ。とはいえ、やろうと思えばそのまま帰宅できたのも事実で。

 結局は己の欲望に負けてしまったようなものだ。

 それでも晴香がそのまま眠り続けていれば大人しく葛城はソファででも眠るつもりであったし、起きたとしても、いつものごとく平然としていればその時もまた手を出すつもりは無かった。

 だが、どうにも今の晴香は葛城の事を意識しまくっている。耳の端を真っ赤にしたまま浴室に駆け込む姿は、いっそそのまま押し入ってやろうかと思う程に葛城の欲を刺激した。

 ぶっちゃけ色々と堪ってはいる。ドクターフィッシュを堪能している時など本当にヤバかった。あそこで耐えた俺は偉いんじゃなかろうかと、自画自賛の勢いだ。

 とりあえず服をハンガーに掛けたり、高速道路の状況をチェックしたりとしてみるが、それでもやはり腹の奥底はソワソワとしている。

 気を紛らわせるためにルームサービスでも頼むかとメニューを開く。注文はテレビ画面を付けてリモコンで、とあるのでそれに従い適当に食べ物と飲み物を注文し、その後は適当にチャンネルを動かした。


「……うわ」


 思わず声が漏れる。わりと新しい感じのホテルであったというのに、お薦めとして特設ページが作られている内の一つにあるのは「人妻」。さらには大きく書かれた女優の名前はかつて晴香が謎のテンションで口にしまくっていたその人物だ。なんなら秘宝館でも「お宝」と騒いでいたなと思い出す。

 せっかくここまでチャンスを繋げてきたというのに、これがバレたら即終わりだなと葛城はこれまでの経験からその未来を予測する。晴香は過剰に意識しているのもあるからして、この事に気が付いたら羞恥心を吹き飛ばす為にと絶対に中身を観ようと騒ぎ出すはずだ。そうなるともうそういった空気になるのは難しいだろう。

 聞こえていたシャワーの音が止まり、内扉を開ける音が聞こえる。

 葛城はテレビの画面を消すと、晴香にバレる前にリモコンをテレビの裏側に隠した。

 

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