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朝風呂を満喫し、温泉近くのパン屋で開店早々大量に買い込んでそれを朝食にする。焼き立てのクリームパンは生地がもっちりとしていてそれだけでも美味しかったが、中身のクリームが灼熱すぎて元気に齧り付いた晴香が口の中を火傷してしまった。
そんなちょっとした騒ぎがありつつも、帰りの道順は順調だった。パンを食べ過ぎたせいで昼食はほぼ摂らず、途中の道の駅でおやつやお土産を物色する。そうやって寄り道をしつつ走っていると時間はすっかり夕方だ。
「あとは高速乗ってさっさと帰るか」
「明日も休みですけど、先輩は身体をゆっくり休めなきゃですもんね」
「どうせお前より年だよ!」
「なんですか違いますよ! いえ先輩が年なのは事実ですけど!!」
「喧嘩売ってんなあ」
「だから違いますって! そうじゃなくって、先輩ずっと運手してるから、明日一日はじっくり休んでくださいねっていうお気遣い!」
「そりゃどうもー」
「帰ったら肩とかマッサージしますよ! わたし得意なんで!」
さらにどうも、と返しつつ、今日はこのまま持ち帰ってもいいというか、本人が持ち帰られるつもりでいるのについ葛城は浮ついてしまう。まだ一緒にいたい、いてもいい、いるのが当然、と思われているのだ。完全に野生動物のテリトリー認定されている。
「……先輩顔が悪い」
「言葉選べっつってんだろうが」
自分でもかなり拗らせているというか、この程度で伝わる程に顔が緩んでいる事実が恥ずかしいやら何やらで、つい晴香の顎下をガッと掴んで黙らせる。
そんなくだらないやり取りを出先で繰り返しているが、旅の恥は掻き捨てというやつだと自分の中で言い訳を繰り返す。普段であれば外では晴香も一定の距離を取っているが、今は隣にぴったりとくっついているのでまあそういう事なのだろう。
「あ、そうだ先輩、途中でサービスエリアに寄りたいんですけど」
「なんだ? トイレか?」
「そういうセンシティブな所を突っ込むの止めた方がいいですよいくらイケメンだからって!」
「トイレなんて自然の事だろうが」
「乙女心!! まあ実際トイレもありますけど、ここサービスエリアでドクターフィッシュがですね、楽しめるそうなんですよ!」
つい、と晴香が携帯の画面を見せてくる。高速道路マップの中、お薦めのサービスエリアの一つにたしかにそう書いてある。
「足湯で休憩がてらここ行きましょう!」
傍若無人にみえて実際はあまり甘えた事を言ってこない彼女からのダイレクトお強請りだ。葛城に断る理由は欠片も無く、軽く了承をしてみせればこれまた普段では目にしない満面の笑みが飛んできた。
そうやってはしゃぐ晴香を助手席に乗せ、そこそこの速度で車を走らせればほどなくして目的の場所に着く。その頃には軽く小腹も空いていたが、晴香はとにかくドクターフィッシュを試す事しか頭にない。葛城の腕を引く勢いで受付を済ませ、掘り炬燵の様になったエリアに足を進める。
晴香が素足になり、スカートを膝まで捲り上げたのを目にした時に葛城は少しばかり反応してしまったが、いや思春期じゃあるまいしとすぐにその邪念を追い払った。
だが、そこからが酷い。
「ふっ……、ん……ぁっ……くっ……ひぁっ!」
素足を入れた途端小さな魚が一斉に群がってくる。そしてパチパチとしたか細い刺激が襲い来るわけだが、これがまあくすぐったくて堪らない。葛城も足を入れた瞬間は思わず声を漏らしそうになった。それをなんとか必死に耐えれば、徐々にそのくすぐったさにも慣れて今は平然としているのだが、向かいに座る晴香はそうではない。
ぬるいお湯の中に入れた足を暴れさせない様に必死に耐えつつ、しかし上半身は限界の様で机に突っ伏して身悶えている。髪の隙間から見える耳はすっかり赤く染まっており、口からは絶えず噛み殺しきれない悲鳴が漏れている。
その反応はとある情景を呼び起こすには充分すぎた。
うわあ、と葛城は天を仰ぐ。このまま大人しく帰路に着き、自宅でゆっくり過ごすつもりでいたが、最早そんな悠長な事は言っていられない。
葛城は時計を見る。針は十九時を過ぎた辺り。これから真っ直ぐ帰ったとして家に着くのは二十二時過ぎだ。
「ッ……先輩、なんでっ……そん、な、平気なんですかぁっ!」
晴香は息も絶え絶えで恨み言をぶつけてくるが、今の葛城にとってはそれすらも目に毒だ。完全に盛ってんなあ、と自嘲の笑みが漏れそうになるが、その原因の半分以上は目の前にいる野生動物が迂闊すぎるからだ。
「……先輩やっぱり顔が悪い」
「お前の危機感のなさよりマシだ」
え? と目を見張る晴香に葛城は「時間だ」と短く返す。このタイミングで利用時間も終わるとはありがたい。借りたタオルで足を拭けば、たしかに入れる前より肌は滑らかになっている。
「うわ、すごい! 先輩ほら、踵とかすべすべですよ」
「おう、後でじっくり満喫させてもらう」
ん? と晴香は今度は首を傾げる。葛城はそれも軽く流して靴を履き、早々に返却口へ向かえば晴香も慌てて着いてきた。
楽しかったですね、と笑う晴香の頭をポンポンと撫でてやりながら、さてどうやってこの獲物を味合わせてもらおうかと、葛城は優秀な頭脳を残念な方向へフル稼働させた。
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