6
彼女と初の一泊旅行。そうして目覚めた爽やかな朝。
隣に敷いた布団の上で、彼女に土下座で謝られた時の心境を述べよ。
寝起きの葛城の脳内でそんな謎の声が聞こえた気がした。
晴香はべそべそと半泣き状態だ。さすがに本人もあり得なさすぎると思っている様だ。
まあ、たしかに、と葛城は苦笑するしかない。
「ほらもういいから、頭あげろ」
「ほんっっっっっとうにすみませんでした!!」
「そこまで悪いって思ってんなら、今からでもいいけど」
「……なにが?」
「えろいこと」
「先輩最低」
真顔で即否定が飛んできた。葛城はさらに苦笑を浮かべて軽く背伸びをする。
「ここ出るまでまだ時間あるし、せっかくだから朝風呂でもしていくか?」
「します!」
今度は笑顔で肯定である。朝からコトに及ぶのは嫌がるくせに、入浴は構わないという。しかも恥じらいすら特に無い。昨日がまさにいい例だった。
「お前のその辺りの線引きが謎なんだけど」
「なにがですか?」
晴香はすでに着替えとタオルを持って準備万端だ。先に行きますよ? となんならすでに露天風呂の方へと数歩動いている。
「そんなに温泉が好きとは知らなかったな」
それなりに共に時間を過ごしてきたとはいえ、あくまで仕事での関係でしかない。恋人同士として付き合うようになったのは最近であるし、そうなった後でも仕事が忙しくて結局これまでとあまり変わっていない。知っている様で知らない事が多いのが今の葛城と晴香だ。
「そんなに好きって言うか、そもそも温泉に行く機会があんまり無かったですからね」
晴香も学生時代に車の免許を取りはしたが、それはあくまで念のためと身分証明書としての意味合いが強い。普段から車を運転するわけでもないし、そもそも
「おまえは運転するなって……」
「あー……お前の元祖飼育員」
「お、さ、な、な、じ、み!! そうなんですよね三枝がそんな言うし、それどころか他の友達も絶対に止めておけって言うんです」
自動車学校での実技は全部一発合格だった。特に指導を受けた事もなく、むしろ優良ドライバーのたまご、であったはずなのだが。
「事故ってもないのにそんな風に言うのひどくないです?」
「事故ったらそこで終わりだからだろ。お前の周りの人間の危険予測が優れてるって証明じゃねえか」
「いきなり左折って言われると一瞬混乱するから右から説明してって言っただけなんですけど」
「お前絶対運転するなよ」
「先輩までそんな風に言う!!」
「言うわ! そのレベルなら誰だって止めるわ!! お前に車の運転許可出してんの教習所最大のミスだろそんなの!!」
「でも友達なんか教習所で習ってる時にローに入れて、って言われて【らりるれろ、のローか!】って思ってRに入れて危うく大事故になりかけた、って! それよりマシじゃないです!? もう一人の子も、教習車の上についてるランプからバリアーが出てるからぶつかっても大丈夫なんだ! って思って直線距離でアクセル全開にして先生にブレーキベタ踏みされたって言ってましたし」
「地獄じゃねえか! なんだよその地獄の類友……! お前もお前の友達もなにがあっても絶対車の運転するなよ平和な交通社会の為に絶対にするな!!」
自分が頻繁に運転するからこそ、今聞いた話が恐ろしすぎて堪らない。早朝の寒さもあるが、それ以上の悪寒に葛城はブルリと大きく身体を震わせた。
「まあそんなわけで自分で運転しませんし、友達も特に車買ったりなんだりした子がいなかったので、温泉ある所まで出掛けることなかったんですよ」
行けたとしても電車やバスで行ける範囲だ。あとはスーパー銭湯くらいだが、あれは正直温泉というには物足りない。
「しかもこんな貸し切りの露天風呂なんて初めてですからね! そりゃテンションもあがりますって!!」
「お前のテンション高いのなんていつもの事だろ」
「先輩寝起きから口悪いのなんなんですか?」
「事実だ事実」
「でも一番は先輩と一緒にお出かけしてるからですからね!」
「お前こそ寝起きで突然デレるのなんだよ」
「事実ですー!」
そう言いつつも恥ずかしいのだろう、晴香は眉間に皺を寄せて「いーっ」としてみせるが、若干赤らんだ頬でそれをやられてはせっかく治まった葛城の熱も上がるという物だ。
「先輩行かないんですか? ここずっとお湯出っぱなしなんですよね? 源泉掛け流しですよもったいない!」
「後で行くからお先にドウゾ」
ん? と数秒考えた後、晴香は納得したのか「ああ」と呟いた。
「先輩の年だともう寝起きで即動くのとかしんどいですもんね」
「はっ倒すぞお前」
「お風呂場で滑ったりしたら大変なんで、先輩ちゃんと覚醒してから来てくださいね! わたしはそれまで一人を満喫してますから!!」
今にもはしゃいで駆け出しそうな晴香の姿に、葛城の口元も自然と綻ぶ。
「風呂入る前にちゃんと水分摂っておけよ。お前も寝起きなんだから」
「大丈夫です準備万端!」
自慢気にタオルの中からペットボトルを取り出す。いつの間に用意したのか、本当に準備がいい。
「温泉くらいならいつでも連れて来てやるから、あんまりはしゃぐなよ」
「先輩こそ悪口の合間にデレるのやめてくれますか!」
この程度で、と葛城が反論するよりも先に、羞恥心が限界を迎えた晴香がバタンと大きな音を立てて部屋から逃げ出した。
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