(先輩が)酔っぱらい




 仕事があるのは良い事だ、とは言うけれどもそれにしたって限度があるだろう。そう言いたくなるほどに今月もまた忙しかった。しかしそのおかげで営業成績はまたしても三課がトップ。当然一番の功労者は葛城であり、「こんなチンピラ崩れなのにですね」と晴香は思わず声に出してしまい、そしていつもの如くで頭を掴まれ締め上げられた。




 そんな憎まれ口を叩きはしたものの、やっぱりわたしの先輩はすごいんだ! と誰よりも喜んでいたのも晴香である。

 すっかり共に過ごすのが当たり前となった週末の夜、お祝いしましょうと晴香が食後のテーブルにドンと置いたのはまさかの一升瓶。


「先輩って焼酎いけましたよね?」

「まあ飲みはするけど」

「これ三枝が断トツぶっちぎりでオススメする焼酎なんですけど!」

「三枝、さん、ってあれか、お前の」

「幼馴染みで」

「初代飼育員」

「ち、が、い、ま、す! 小学生からの友人ですー!」

「そりゃまた随分と長い事……」

「なんですかなんなんですかその目」


 ジトリと睨め付ける晴香を無視して葛城は目の前の一升瓶に手を伸ばす。


「へえ……芋か。俺あんまり芋は飲んだことねえなあ」

「芋焼酎を作る時の上澄みだけを集めてできた焼酎? だったかな? で、とにかく希少価値が高くて中々手に入らないそうなんですけど」

「そんなのをわざわざお前が?」

「いえ、日頃わたしがお世話になってるから先輩に渡せって三枝から」

「おお……そいつはどうもご丁寧に……」

「わたしとしてはものすごく釈然としませんが」

「俺からもなにかしら返さないとだなあ」

「先輩無視はよくないですよ!」

「これ飲むならなにがいいんだろうな? 水割り? ロック?」

「ぜひで、って言ってました」

「生で……生か……え、ザルなのか? 中条並?」


 葛城も酒は強い方であるが、それを超えて強いのは中条だ。酒は全部等しく好き、と豪語してやまない彼が、それでもあえて一番を選ぶとするならば、で答えていたのは焼酎。


「中条先輩ほど飲むかはわからないですけど、お酒を飲むのが好き、とはよく言いますね」

「飲む奴じゃねえか……それ一番飲むタイプの奴の言い草……でもまあそれだけ飲む人間のお薦めってなら旨いのは間違いなさそうだな」


 葛城はさっそく封を開ける。途端に漂うアルコールの香りが思っていた以上に強い。晴香が用意してくれていたグラスにトプトプと注ぎ、言われた通り生で口を付けた。


「どうですか?」

「旨い……うん、旨い、んだけどな?」


 芋なのにそれを感じさせないどころか、口の中に広がるフルーティーな味わいは確かに旨い。が、しかし。


「これ……だいぶアルコール度数高い?」

「あー、焼酎の限度の度数って言ってたような?」


 マジか、と葛城はラベルをくるりと回す。小さく書かれたアルコール度数を確認すれば、なるほど焼酎としてギリギリの度数だった。


「これを……生で飲んでんのか……」

「わたしそれ一回飲んだんですけど、味さっぱりわからなかったので先輩全部どうぞ!」


 お摘まみもありますからね、と晴香はいそいそと冷蔵庫から皿を取り出す。


「こっちの冷や奴みたいなのはクリームチーズなんですけど、このソースが濃い目のお醤油みたいな味がして洋風の冷や奴っぽいんですよ!」


 これもまた晴香の幼馴染みからの贈呈品らしい。もう一つの皿にあるのは刻んだ柚子の入った長芋の漬物で、シャクシャクとした食感がお薦めだと晴香が胸を張っている。


「お前あんまり酒飲まないくせにやたら摘まみに詳しいのはあれか、いつも横でつまみ食いしてるからか」

「大人の晩酌に邪魔しに入ってる子供だな、みたいな言い方に聞こえますけど」

「ちゃんと伝わってたならなによりだ」

「先輩が無礼千万なんですが」

「お前いつも俺や中条の摘まみ横から食い尽くしてんじゃねえか」

「塩分が気になるお年頃に差し掛かった先輩達の健康管理です」

「おお、ほんとこの冷や奴みたいなやつ美味いな!」

「わたしの話を流しすぎでは?」


 そんな晴香の文句すらも聞き流し、葛城はグラスを空けては瓶を傾ける。旨い酒に旨い摘まみは酒が進む。

 葛城が楽しそうに飲む始めたので、晴香は静かにキッチンへと向かう。水に浸けただけの食器を洗い、翌日の分の米を研いで炊飯器をセットする。いつの間にか完全に把握するようになってしまったキッチン周りを片付けつつ、ふと顔を動かせばなにやらボウッとした状態で葛城がこちらを見ていた。


「先輩? 大丈夫ですか? 飲み過ぎました?」


 遠目にも顔がいつもより赤いのが分かる。晴香は食器棚から新しくグラスを取り出し、冷蔵庫の中のミネラルウォーターを注ぐ。パタパタと葛城の元にそれを運ぶが、葛城の反応はやはり鈍い。


「先輩?」

「あー……あのな、日吉」

「はい?」

「お前、今日は帰ったほうが、いい」

「え」


 金曜の夜から日曜の夜までを葛城の部屋で、を、ほぼ毎週繰り返している。最近は泊まる準備すらいらない程、晴香の私物も増えているくらいだ。今日も当然の様に泊まるつもりでいたのだが。


「先輩が帰れっていうなら帰りますけど……」

「ああちがう……いや、ちがわない……けど、うん、なんだ」


 あれだよ、と零す葛城にどれですか、と晴香は素で返す。


「先輩酔ってます?」

「……そう」

「ひとまずお水飲みましょう」


 晴香は葛城の手を掴んでグラスを持たせようとしたが、逆にその手を葛城に掴まれた。触れる掌の熱さに少しばかり目を丸くして葛城を見れば、その瞳の奥が妖しく揺れている。


「ちょっと……わりかし酔ってんだよ」

「って言うよりかなり酔ってるっぽいですけど?」

「だからな、日吉」

「あ、なんだかとてもいやな感じがします先輩」

「酒の勢いでお前を襲いそう」

「先輩お疲れさまでしたわたし今日は帰りますね! 今なら電車もまだあるしなんなら下でタクシー拾います!」


 葛城の手を振り解きソファの近くに置いてあった自分の鞄を掴んで玄関まで一直線に駆け抜ける。踵を踏み潰した状態の靴に構わず鍵を開けドアロックを外し、た所で背後からガッチリと捕まえられた。


「わーっ!? ちょっと!? 先輩!!」


 叫ぶ晴香に構わず葛城はもう一度鍵を掛ける。暴れる晴香を持ち上げて進む先は勿論ベッドだ。


「に、逃げろって、自分で言ったくせに!」

「酔っ払いの言動に一々整合性求めても無駄だろ」

「これほんとに酔ってます!? 酔ったフリ!?」

「酔ってる酔ってる」

「うそだーっっ!!」

「酔ってるから手加減できそうもねえわ。悪いな」

「謝罪が軽い!」

「悪い悪い」

「人間ほんとうのことは一度しか言わないそうですよ先輩いいいい!!」


 暴れる晴香を見事にいなし、葛城は軽い動作でベッドの上へと放り投げた。


「扱いが雑すぎでは!?」

「今からちゃんと大事に愛でてやるよ」

「全力でお断りします!」

「却下」

「横暴ーっ!!」


 なんとか葛城を止めようと試みるが、体全体でのし掛かられた上に唇をキスで塞がれてしまっては、晴香に抵抗する術は残っていなかった。



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