そんなやり取りをした後、確実にベッドに連れて行かれて以下省略となるかと思いきや、その日は背中から抱き込まれながらも寝るだけに終わった。ほんの少しだけ残念に思った気がするのはそれこそ「気のせい」と頭の中から追い出し、元気に迎えた翌朝。


「出かけるぞ」

「どこにですか?」

「お前の下着を買いに」

「は?」

「俺のために着てくれるんだろ、えろいやつ」

「はあっ!?」


 そうして問答無用で車に押し込まれ連れて来られたアウトレットのランジェリーショップである。下着を男性と一緒に選ぶだなんて晴香にとってはハードルが高い。それが葛城相手であれば尚更だ。最終的にはその選んだ下着を見せる相手である。見せると言うことは即ちその後の展開は、であるからして晴香は悶絶する。店の中ではあるがその場で頭を抱えてしゃがみ込みたいくらい恥ずかしい。だと言うのに、葛城は平然と物色しているのだから信じられない。あまつさえ店員とどういうのがいいか、と会話までしているのだから堪らない。心臓が鋼でできている。そうでないなら羞恥心がゼロなのだろう、そうでなければありえない光景すぎる。


 なんで先輩スーツ姿で平気で下着見れるの――!?


 渾身の抵抗、で晴香はスーツを着るのならば一緒に行くと葛城に告げた。こう言えば流石に葛城も止めるだろうと思ったのだ。ところが葛城は軽く了承した上に、アウトレットの駐車場に着いてからも平然とした態度を崩さなかった。これは先輩も引くに引けないやつなのでは、と晴香は「やっぱりやめましょうよ」と逃げる切っ掛けだって与えた。それなのに葛城は「往生際が悪い」とニヤリとした笑いと共に晴香の腕を引き、そしてすでに決めていたのか迷わずこの店へと向かったのだ。


 店員も客も女性しかいなかった場所へ、突然高身長の美形がスーツ姿で現れた時の店内の空気といったら、である。周囲の視線を一心に集めるも葛城は気にも止めず、それどころか近くにいた、おそらくはショップの責任者であるらしい年配の落ち着いた店員に「彼女に似合うのを見てほしいんですが。あとついでちゃんとしたサイズも計ってもらえますか?」と声をかけ、そこで一旦晴香の意識は飛んだ。恥ずかしすぎてもう覚えてなどいられなかった。気付けば試着室の外におり、葛城と相手をしてくれた店員が熱心に、そして楽しそうに下着を選んでいる。


「……嘘でしょう……先輩信じられない……!」


 何故か晴香の方が涙目である。嘘だありえない、とブツブツとマネキン相手に呟いていると後頭部をペシリと叩かれる。

「なにやってんだ不審者」

「この場においては先輩こそ不審者じゃないですか……!」

「なんでだよ? 彼女の下着を買いに来た彼氏なだけだろ」

「つ……面の皮……!」


 悪態を吐く晴香に構わず葛城はその手を握り店から出る。


「え? 先輩?」

「良かったなあ日吉」

「なにがですか? ってか全くもって良かった感じがしないんですけど!?」

「相手してくれたあの人な、店長さんらしくて」

「ショップの偉い人になに相手させてるんですか!」

「その店長さんが選んでくれたぞ、お前に似合うえろいヤツ」

「ああああああなんてことをー!?」

「楽しみだなあ今晩」


 葛城の手にはショップの袋があるが、それが下着が一セット入ってるだけにしては膨らんでいる、ような、気がする。嘘でしょう、と晴香は言葉と共に魂をも口から飛ばした。






 アウトレットを出る前に夕食を済ませ、その後葛城のマンションへと戻り先に葛城がシャワーを浴び今は晴香がバスルームに一人。すでに体は洗い終わっているが、晴香は頭からシャワーを浴びたまま動けずにいる。ここを出れば、アレを着て出なければいけないと思うと顔から火が出そうだ。アレ、とは即ち葛城が買ってくれた晴香への下着であり、それも普段着ているのより格段にセクシーな物だ。


 袋ごと手渡されたのを脱衣所で見た時の衝撃といったら。


 淡いオレンジの薄手の生地に、色とりどりの小さな花のレースが飾りとして付いている可愛らしい上下のセット。それだけならば恥ずかしくはあるけれども嬉しさの方が上だった。が、ショーツの両端は紐が付いている。付いている、というよりもこれで結ぶ仕様だ。つまりは紐パン。さらにはブラにまで紐が付いている。こちらは胸の谷間の所が紐になっており、フロントホックのホック部分が紐仕様というタイプ。


 可愛らしさとセクシーさが両立している、さすが店長セレクトの一品だ。

 なんて物をなんて人に選ばせてるですか先輩!! と晴香は何度も額を壁に打ち付けた。もう絶対にあの店には行けない。わりと好きなデザインが置いてある店だったけれども、どの面さげて行けようか。

 これだけでも恥ずかしすぎて叫び出したい勢いであるというのに、バスルームへ晴香を押し入れながら葛城が言い放った言葉がまた酷かった。


「これ着たお前を視姦するから」


 おかげで念入りに手入れをする羽目になったのだが、それはつまりは視姦されても構わないという自分の意思でもあるようで、それがまた羞恥を募らせる。

 こうなったのは己の失言が原因である以上どこにもぶつけようがないこの感情。

 頭上からのお湯と共に、晴香のため息が排水溝へと流れていった。

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