身から出た錆・1
気持ちの良い晴天に恵まれた土曜日。最近できたアウトレットパークは人で賑わっていた。郊外という立地もあって車で来やすいのも人気に拍車をかけているんだろうなあと、軽く意識を飛ばす晴香は今すぐこの場から逃げ出したい。彼女の荷物持ち、という態で葛城に財布と携帯の入った鞄を奪われているので到底無理な話であるが。一体どうしてこうなった、と考えるが即座に「自業自得」の四文字が己の背中にのし掛かる。いやそれにしたって、と晴香は昨夜の葛城とのやり取りを思い返した。
分からない事があったらなんでもいいから質問しろ、とは晴香が最初に葛城に言われた言葉だ。そう言いながら、質問しようと声を掛けると「殺すぞ」と言わんばかりの目付きと態度で接してくるくせに、と思っていた頃が今となっては懐かしい。
良くも悪くも素直である晴香は、それ以降も疑問がある度に葛城に質問を繰り返す。おかげで仕事はどんどんと覚えていったし、葛城の態度もその都度和らいでいっていた。その後はもう仕事であろうとなかろうとなんでも質問する癖がつき、「俺は検索サイトじゃねえ」などと葛城に呆れられる始末。それでもちゃんと晴香の質問には答えてくれるのだから、やはりこの先輩はガラが悪いだけで良い人だなあ、あとどんな質問でも教えてくれるから知識がすごいな、と晴香の尊敬の念は募る一方だった。
そんな葛城にはたしてこの質問はしていいものだろうか、と頭を悩ませている問題を晴香は考える。でもこれは最終的に先輩に関する問題だしなあ、と意を決して葛城に問いかけた。
「先輩、紐パンの履き方の正解ってなんですか?」
相変わらずの豪速球でのデットボールに葛城は飲んでいた紅茶を吹き出した。ゲッハガッハと盛大に咳き込む葛城にそっとタオルを渡せば、恨めし気に睨まれる。お気遣いしたのに、と晴香は納得がいかないが、元凶であるのだから葛城の態度は正当なものだ。
濡れた口を拭い、改めて紅茶を一口飲んで気を落ち着かせたのか葛城がテーブルを挟んで晴香に向き直る。
「――俺が正解を知ってる前提なのからまずは説明してもらおうか」
葛城の頬が引きつっているのに気付き、これはまたしてもやらかしてしまったのだろうかと思うがしかし。晴香は負けじとテーブルに身を乗り出し葛城に相対する。
「先輩なら紐パン履いた女の人と付き合ったことが一度か二度か三度くらいあるかなって」
「お前の中での俺の認識がひどすぎやしねえか!?」
「先輩かっこいいからそれくらいモテてそうだなって言うこれは賞賛ですよ! 先輩すごい!!」
「嬉しくない」
「なんでですか」
「で? なんだよいきなり紐パンって。お前履いてくれんの?」
葛城としては会話の流れからの冗談でしかなかったが、それに晴香は正直に「はい」と頷いた。え、と固まったのは二人同時で。
「え、マジで?」
「あああああ違う! まちがえた! 嘘です履きません!!」
「それだけ動揺しておいて間違いとか嘘とか言ってもな」
「わーっ!! だから違うんですってば! ちょっとそう言う話題が今日のランチの時間に出たのでそれで」
「昼間っからどういう話題が出てるんだようちの女子社員どもは」
「こないだ一課の補佐の人が結婚されたじゃないですか! で、それのお祝いにご祝儀と一緒にプレゼントをしたらしいんです!」
本日晴香がランチタイムを共に過ごしたのは一課の営業補佐の先輩方だった。そこで話題になった同期女子への結婚の祝い品。新郎新婦共に同じ課でさらに仲が良いグループの相手という事もあり、プレゼントの品はどうしてもネタに走ったものになったそうで。
純情な新郎新婦が盛り上がるように、と選ばれたのがセクシーなランジェリーのセットだった。
そこからうちの彼氏はこういうのが好きだの、日吉さんも一セットくらいはそういうのを持っていた方がいいだのと、本当にまっ昼間からなんて話題を、と晴香もそう思いながら相づちを打っていた。
「男はそういうのすぐ喜ぶから、ってみんなすごい言うし、じゃあ先輩も喜ぶのかなって思ってちょっとランジェリーショップのサイトとか見てたんですけど意外と種類多いしどんなのが自分に似合うのかとかわからないしそもそも先輩そんなのに喜ぶかなって」
「すげえ喜ぶ」
「即レスすぎます。あと即物的ぃ!」
「うるせえ男なんて八割方そんなもんだ」
「え、ほんとに喜ぶんですか」
「脳内でクラッカー鳴らす程度には喜ぶ」
うわあ、と晴香が思わず呆れた声を漏らすのを葛城は頬杖を付いて眺める。
「てことで、これはその内お前がそういうの着てくれるってことでいいわけ?」
楽しそうな葛城の態度に若干腹が立つ気もしつつ、晴香はむすくれながらも頷いた。先輩が喜ぶなら、という気持ち半分、あとこれならお付き合いとやらを始めて以降の晴香の野望も達成できるのではないか、という企み半分。
その事について考えたのがまずかった。晴香の表情の些細な変化を葛城は見逃さず、途端に怪訝な顔をする。
「お前なに企んでんだよ」
「っと、別になにも」
「日吉ぃ」
「先輩喜ぶってことは興奮するだろうからこれはわたしにも逆襲のチャンス到来かなって思っただけです!」
「逆襲って?」
「わたしばっかりやられっぱなしなのが悔しいです」
「早い話が」
「先輩を喘がせたい」
圧に負けてつい全部正直に話してしまう。「ほほう」と呟いた葛城のどこまでも悪い笑みを、晴香は到底忘れる事はできないなと思った。
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