しりとり




「先輩、しりとりしましょうよ」


 今日も今日とて隣の席から豪速球が飛んでくる。はあ、と葛城は全身でため息を吐いた。




「先輩ってば最近わたしが話しかけたらすぐ溜め息つきません?」

「そこに気付いてるならせめてそうならないよう努力しろよ」

「えええなんでですか。それこそ先輩の方こそ溜め息つくの止めましょうよ。わたしに対してとっても失礼」

「お前が阿呆なことばっか言うからだろうが!」

「仕事中ならまだしも、あとは帰るだけなんだから別によくないですかー!?」


 残業こそすれ、それも一時間ほど前に終わっている。後は帰るだけとなったのに、いまだ二人で自分のデスクでダラダラしているのはトラブルが起きたからだ。


「まだ時間かかりそうって前山さん言ってましたし、暇なんですもん」


 初老の警備員の名を出し、そしてその彼に貰ったお菓子を食べながら晴香は壁に掛かった時計を見る。


 帰宅しようと表玄関へと向かえば、まさかの自動ドアが開かないという事態。常駐していた警備員を呼んで対応をしてもらうもどうにもならず、至急保全員が来ることになったが時間も遅く、さらには他のトラブルが重なっており到着までに時間が掛かると言う。裏の非常口から出る案も出たが、それをするには電磁ロックを解除しなければならない。そしてそのロックの解除が物理で行うという早い話が破壊であり、それをすると今度は元に戻すのにそれなりの費用が掛かるというので、葛城と晴香は諦めた。明日は休みだ、急いで帰らないといけない訳でもないので、ひとまず自分達のデスクに戻って出られる様になるのを待つ。


 そんな中での、今し方の晴香の提案というかなんというか。葛城が溜め息をつくのも無理はない。


「暇ならスマホでも見てろ」

「電池切れそうなんですよね」

「充電」

「充電器忘れてきました」

「俺の……は、機種が違うから無理か」

「だからしりとりでもして暇つぶしをですよ」

「だからの流れがおかしくね?」

「なんですかいいじゃないですかたまには可愛い後輩とコミュニケーション取りましょう」

「だからってしりとり……」


 小学生か、と呆れる葛城に対し、何故か晴香はわかってませんね先輩、と無駄に上から目線で物を言う。地味にイラッとくる態度である。思わず右手の中指でデコピンの構えを見せれば、即座に晴香は額を両手で隠した。


「普通のじゃなくて、縛りのあるのでやりましょう。そうしたら先輩も楽しいでしょう?」

「縛りってなんだよ、お前を縛るのか?」

「先輩ここ職場ぁっ! 違います! しりとり!! しりとりの制限を設けるんです! 人名とか、地名とか、そんなの!」

「好きなAV女優の名前とか?」

「先輩さいっていですね」

「お前の得意な分野だろ」

「わたしに対する名誉毀損もいいところなんですけど! 最高裁まで争いますよ!」

「棄却だ棄却。そもそも起訴だってしてもらえねえよ」

「……まあいいですよ、それじゃあ好きなモノ縛りでやりましょう」

「強引にもほどがあるな?」


 どうしたってしりとりをやりたいらしい。その情熱はどこからきた、と不思議に思うが、それと同時に即理解する。単にこれはあれだ、軽くあしらわれたせいで意地になっているだけだ。


「お前もたいがい面倒くさい性格してるよなぁ」

「脈絡なく、そしてしみじみと悪口言うの止めてもらっていいですかね?」


 このまま会話を続けていればその内帰宅できそうな気もしたが、ふと浮かんだ言葉に葛城は晴香の誘いに乗ることにする。


「先攻は?」

「突然のやる気……先輩からでいいですよ」

「日吉晴香」

「はい?」


 突然のフルネーム呼びに晴香はきょとんとした顔をしている。そんな晴香に対し葛城はもう一度その名を呼んだ。


「……なんですか?」

「だから、しりとりだろ?」

「んん?」

「好きなモノ縛り」


 少しばかり沈黙が続く。その後、ようやく意味に気付いた晴香は一瞬にして顔中どころか首元や耳まで真っ赤に染めて固まった。


「ほら、次はお前の番だぞ」

「な……に、を、言い出すんですかーっ!」

「なにがだよ」

「だって、そんな、先輩……っ、ちょ、この……」

「なに言いたいかさっぱりだな」

「先輩のタラシ! イケメンだからってなに言ってもいいって思ったら大間違いですからね!」

「お前の誘いにのってやっただけだろうが」

「だからってこんな、どこぞの少女漫画みたいな台詞を! 息をする様に!! 吐く!!」

「いいからさっさと答えろよ。それとも負けにするか? だったら罰ゲームに移行するぞ」

「いや待ちましょう待ってくださいなんですかそれ罰ゲームとか言ってないし」

「今決めた」


 横暴! と晴香は床を蹴ってキャスター付きの椅子ごと逃げようとするが、それより先に葛城が捕まえるのが速かった。


「このまま時間が来るまで俺にエロいことされるのと、帰ってからされるのとどっちがいい?」

「どちらもお断りです!!」

「だったら答えろ」


 ほら、と葛城は掴んでいた手を離した。晴香はうう、と短く呻きながら視線を彷徨わせる。適当に返せばいいものの、そうすればより一層酷い目に遭うと思っているのだろう。あながち間違いではないから正しい判断だ。


 出された条件で、葛城からの答えを受けて、晴香が出すべき言葉の流れがあまりにもできすぎている。


 ううう、とさらに呻き声があがる。プルプルと身体が震えているのは羞恥による為だろう。それがあまりにもおかしいやら可愛らしいやらで、葛城は口角が上がりそうになるのを懸命に堪える。ほら、ともう一度答えを促してやれば、覚悟を決めたのか晴香はキッと正面から葛城を見据え、そして叫ぶ様に口を開いた。


「か……葛城親弘ーっ!!」


 叫びと同時にキャスターの転がる音が響く。ガーッと轟音を上げて晴香の身体はデスクを離れ、椅子ごと壁にぶつかる。

 そのあまりの様子に葛城は声も出せないくらい笑い転げ、晴香は悔しいやら恥ずかしいやらで言葉が出ない。そうやって二人静かに、しかし空気だけは大騒ぎという不思議な時間は警備員が呼びに来るまで続いた。

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