似ている、らしい




 新規オープンの店に葛城が準備要員で駆り出されるのはよくある事だが、今回は人手が足りないからと晴香も連行された。そうして開店準備に走り回った三日間、ようやくそれらが終わった褒美にと、二人で少し高めの昼食中だ。


「あそこの社長さん、自分のとこの社員さんだけでなく取引先のわたし達まで平気でこき使いますよね」

「でもその分バンバン仕入れてくれるからな」


 無事開店したのを見届けて、ようやく会社に戻る途中に立ち寄ったこの店はそこの社長のお薦めの一つ。気前良く昼食代を出すと言ってくれたが、色々とコンプライアンス的にあるのでとありがたく気持ちだけを受け取って立ち去った。


「正直惜しい気もしますけど」

「貰ったら貰ったで面倒だろ」

「コンプラ的に?」

「それはどうだか知らねえけど、単にあの社長が面倒くせえなって話」

「先輩わりと仲よさげに話してたのに」

「ばぁか、営業の愛想なんて仕事以外にあるわけねえだろ」

「うーわー」


 木のスプーンを持っていた手を止め、晴香は軽く引いた眼差しを正面へと向けるが、葛城は何を今更といった態で箸を動かす。


「それにしても美味いよなここ」

「ですね、メニューは少ないけどその分美味しさが際立ってます」


 基本は夜がメインの居酒屋だが、昼時から数時間だけ店舗を開けてランチメニューを出している。それがこの店の看板でもある親子丼だ。醤油と砂糖の効いた甘口か出汁の効いた薄口のどちらかの出汁が選べ、さらに鶏肉の種類も選べる。自分好みの親子丼が食べられると評判であるらしい。

 二人とも甘口の方で、鶏肉が晴香は雌鶏、葛城は雄鶏とそこだけ違う。


「今度来るときは雄鶏にします」

「どっちも美味いが……俺は甘口の雄鶏が好きかなあ」


 甘口の出汁で雄鶏で食べた後、葛城はまさかの追加注文に出た。二杯目は出汁の効いた薄口の雌鶏。ちなみに晴香はまだ一杯目を食べている最中である。


「先輩の食欲すごくないです?」

「これくらい普通だろ? 中条だって同じくらい食うぞ」

「ええええ……そんなに食べてるのにその細さって卑怯……」

「細くもねえ」

「じゃあ薄い」


 身長が高いせいもあるのだろう、葛城も中条もやたらとスラリとした印象を受ける。食べている分だけ動いているからの細さ、ではあるけれども、それにしたって羨ましくてつい憎まれ口が出てしまう。


「脱いだらそうじゃないってのはお前がよく知ってんだろ」


 一瞬咽せそうになったが、晴香はどうにかそれに耐えた。代わりに心底恨めしげに葛城を睨み付ける。そうしている間に葛城は二杯目も食べ終わり、小さなポットからお茶を湯飲みに注ぐ。


「お前も飲むか?」

「……いただきます」


 全く意に介さないその態度にさらに不満を募らせつつ、晴香は湯飲みを差し出した。


「先輩まさか三杯目どうしようとか考えてます?」

「いや、会社戻ってから仕事だからな。止めとく」

「え、仕事なかったら三杯目もいけちゃうんです?」

「甘口の雄鶏が美味かったんだよな」

「そこは薄口の雄鶏にしようとかじゃないんですね」


 晴香はわりと色んな種類の味を楽しもうとするタイプだが、葛城はどうやらそうではないらしい、というのをこうやって頻繁に一緒に食事をするようになって気が付いた。好きな物をひたすら食べたい派であるようだ。

 前にバイキングに行った時も、ある程度種類を食べた後はひたすら同じ物を食べていた。


「そういうとこわりと先輩もお子様ですよね」

「丼物食うのに箸使えずにスプーンで食ってるやつに言われたくはないな」

「使えないんじゃないですー、せっかく便利な道具があるんだから使わなきゃもったいないじゃないですか!」


 はは、と完全に馬鹿にした笑いで流される。地味に腹が立つけれど、馬鹿にするだけあって葛城は箸で綺麗に食べ終わっているのだから仕方がない。どうしてこんなトロトロとした物を箸だけで余裕で食べられるか。

 そもそも先輩は食べ方が綺麗なんだもんなあ、と晴香は口をもごもごと動かしながら葛城との食事風景を思い出す。箸だろうとフォークやナイフを使おうと、ポロポロと零すことなく綺麗に食べる。


 食べ方綺麗で沢山食べるけど絶対残さないし、美味しそうに食べるし、不快にならない感じで話しかけてきて楽しませてくれるし、先輩と食べるの楽しいんだよなあ……


 改めてそう思った途端、突然脳裏に蘇ったとある情報。それはいつぞやの職場での昼食時に、年上の女性社員達との会話で出た物だ。


 ――食事のスタイルとベッドの上でのスタイルは似ているらしい


 そんなとんでもない情報を、今、このタイミングで思い出してしまった。ガタン、と盛大に身体が揺れる。膝がぶつかりテーブルが軽く跳ね、その衝撃に驚いた葛城の視線が飛んでくるがとてもじゃないが目を合わせられない。


 だってそうだろう。

 綺麗に、沢山、美味しそうに、楽しませて。

 そして、好きなモノはひたすらに食べたがる。


 何度もおかわりを要求され、朝まで付き合わされたのは一度や二度ではない。なんなら先週の金曜日だって、と蘇る記憶に晴香は慌てて蓋をする。


「お前……なに考えてんだ?」


 残り一口か二口、となった所でスプーンを置いて頭を抱え悶絶する晴香に、葛城の不信に満ちた声が飛んでくるが勿論返事などできるはずもない。

 これから職場に戻って仕事をしなければならないのに、それすらも危うい己が状態に晴香はさらに頭を抱えるしかなかった。



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