コネタ
ハロウィン
街並みはすっかりカボチャ色だ。
営業先からの帰りにたまたま一緒になった葛城と中条は寒風に首を竦めながら自社ビルの中へと入った。
ハロウィンの文化はすっかり日本様にカスタマイズされて原型がないけれども、楽しそうな街の雰囲気はいいな、と思う中条に対して葛城は「クリスマス商戦の前に一つ増えたな」と冷たい。
イベント事はイコール売り上げ増加のチャンスである。それは間違ってはいないけれども、それにしたって世知辛い認識だ。
部署に戻り課長に軽く報告をする。それらを終えて自分のデスクで一息吐くと、タイミング良くコーヒーの入ったカップが置かれた。
「お疲れ様でした」
葛城と中条の席はちょうど向かい合わせ、さらには端になるのでその間に立てば二人分が手渡せる。
「ありがとう日吉ちゃん」
「寒かったから助かる。ありがとな」
どういたしまして、と晴香は答えつつ葛城に不在の間に受けた電話のメモを渡す。
「ビリオン文具店の今田さんがカタログを送って欲しいそうです。それと、言われてた見積もり書ができたので確認をお願いします」
「分かった」
「あとですね先輩」
「うん?」
「お菓子ください」
「…うん?」
「ハロウィンですよ先輩」
だからお菓子、と手を差し出す晴香に葛城は呆れた顔を隠そうともしない。
「ただの強奪じゃねえか」
そう呟きながら机の引き出しを開けると、中からチョコレートの包みと飴玉を二つ取り出して晴香の掌に乗せる。
「そう言いながらあげるんだ、ってかあるんだなおまえの机の中に」
「こいつしょっちゅう腹鳴らすんだよ」
晴香のデスクは葛城の隣だ。昼前になるとわりと結構な頻度で晴香のお腹が鳴る。ついでに夕方頃にも鳴るので、つい手元にあった菓子を与えていたらいつの間にか常備するようになってしまった。
「日吉ちゃん元気だね」
「先輩達より若いですからね! 新陳代謝が活発なんですよ」
「うるせえな」
「はいはい、それじゃあおれもあげるよ。ちょうど行った先で貰ったんだよね」
中条は鞄から個包装のクッキーを出すと、これまた晴香の掌に乗せた。途端に晴香の顔が綻ぶ。
「やったー! これ美味しいって最近話題になってるのですよね⁉︎ 中条先輩いいんですか?」
「おれの分はまだあるから。そんなに話題なら日吉ちゃん食べてよ」
「中条先輩太っ腹ー!」
きゃっほー! と晴香が喜んでいるとそれに気付いた課長が呼ぶ。
「なになに? 日吉さんお菓子欲しいの? 僕も持ってるからこっちおいでー」
「え? いいんですかー!」
晴香は遠慮などせず課長席へと向かう。その背中を葛城も中条も「若いってすごいな」とどこか感心したように見送るしかない。
「あんまり若い女の子の好きなのじゃないかもだけど」
「あ、好きです干し芋! ありがとうございますー!」
課長が干し芋を持っていた事にも驚きだが、それを好きだと言って素直に受け取る晴香にも驚いてしまう。そうやってキャッキャとはしゃいでいると、周りにいた他の社員も加わり、最終的に葛城と中条のカップを運ぶのに使ったお盆の上にお菓子が山積みとなった。
「ハロウィンってああいうイベントだっけ?」
三課の中では晴香が一番年下だ。他部署から連れて来たうえに荒んでいた時の葛城の下に就けたという事もあって、課長筆頭に三課の社員は皆晴香に甘い。と言うか、最早「孫」扱いだ。
「先輩見てくださいほら! いっぱいもらえましたよ」
満面の笑みの晴香に葛城も中条も苦笑するしかない。
「お前、菓子くれるからって誰にでもホイホイ着いてったりすんなよ」
「大丈夫です」
「ほんとにかぁ? 簡単に餌付けされてんじゃねえか」
「餌付けされる相手は選んでるから平気ですもん」
人懐っこいように見えてその実警戒心の強い晴香である。仕事終わりに食事だ飲み会だとなっても、親しくない・親しくしたくない相手であれば平気で断る。そんな姿をもう何度見たか。そんな晴香が自ら進んで貰いに行くと言う事は、それだけ信頼されている証でもあるので中条は素直に喜んだ。
つい、と視線を動かせば葛城は少しばかり眉を顰めている。照れ隠しが下手くそかよ、と中条は吹き出しそうになるをの堪えた。
ニヤニヤと見られている事に気付いた葛城の眉間の皺がさらに険しくなる一方で、晴香はそんな様子に気付く事なく一旦山盛りのお盆を自分のデスクに置く。それから椅子の上にあった紙袋の中から箱を取り出し二人へと中身を見せた。
「これどうしたの?」
「秘書課のみなさんからハロウィンのお菓子だそうです」
有名デパートで売られている箱菓子と共にこっちも、と小さな箱が差し出される。
「これは五月先輩から個人的にと」
これまた有名店のチョコレート菓子だ。嬉しいは嬉しいけれども、しかし出所が素直に受け取るのを躊躇わせる。
「ええと、お菓子をやるから契約取ってこいって言ってました」
「だからハロウィンってそういうイベントだっけ⁉︎」
「こっちからしたら菓子はいらねえから契約寄越せって感じなんだが」
「ハロウィンの欠片もない」
「日本のハロウィンはすでに独自の進化を遂げてますから」
「元は西洋の盆だろ?」
「ハロウィンでそんなこと言うのおまえくらいだよ」
「先輩なにかと残念ですよね」
「日吉ちょい前に屈んでみろ」
貰ったお菓子を早速食べつつ忌憚ない意見を述べる後輩に向かい、先輩からの指導と言う名目のデコピンが飛んだ。
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