第18話 8




 経験は無いが知識は人並みにはある、と思っていた。友人らとそういった話題になった事はあるし、それこそアルバイトしていた時にそのテの映像だって見たりしたのだ。だから、ちょっとばかりビックリしたり恥ずかしかったりする事があったとしても、なんとかなるだろうと、そう、考えていたというのに。葛城が与えてくるモノはそんな晴香の甘い考えを紙切れのごとく吹き飛ばした。

 予想すらできない事ばかり葛城はしてくる。それにより、自分の身体すら訳の分からない反応を示す。知らない、分からない、これはどうなってしまうのか全く想像すらできない。

そんな思考が脳内を埋め尽くす。

 知らない事は恐怖を呼び起こす。しかしその原因となるのは葛城である、という一点で晴香はなんとか恐怖を感じずにいた。知らないし、分からない事ばかりだけれど、誰よりも信頼している葛城であるからこそ、彼が自分に酷い事をしないのだという安心感。


 そう、怖くは無い。ただ、今まで生きてきた中で気持ちがいいなあと思う事は多々あったけれど、そのどれとも種類が違い、そして強烈なこの感覚がとにもかくにも――





「――日吉!?」


 葛城の焦った声に晴香の意識が浮上する。寝ていたわけではない。一瞬意識が飛んでいた様だ。


「悪い泣くな! 大丈夫か!?」


 ゴシゴシと葛城の指が晴香の頬を伝う涙を拭う。ようやく自分が泣いていた事に気が付くと同時、ああこれは心配というか誤解させてしまったと晴香は慌てるが、思考と身体が今ひとつ繋がらないのか上手く言葉が出てこない。


「……せんぱい」

「もう止めるから、大丈夫だから安心しろ」

「ちが……せんぱ、い」

「この状況で安心しろもなにもないけどとにかくもうしないから! だから泣くな……悪かった」

「せんぱい、あの」

「体ベトベトで気持ち悪いだろ? シャワー……は、無理か。ちょっと待ってろタオルで拭いてやるから」


 そう言って葛城はベッドから降りようとする。急激に失われる体温に、晴香は本気の泣き声で葛城を呼び止めた。


「せんぱいちがうんですいっちゃやです」


 ベソベソと泣きながら、力の入らない体でどうにか半身だけ起こす。両手はいまだ緩く縛ったままの、そんな手で懸命に伸ばせば葛城も近付き触れようとし、そして逡巡する。


「あー……触っても、大丈夫か?」


 晴香が泣き出した事で、自分に触れられるのが嫌ではないのかと気遣ってくれている。それがまた嬉しいやら申し訳ないやらで、晴香は「さわってください」と言うと同時に葛城の胸に飛び込もうと体を動かす、が、ヘタヘタとそのまま崩れ落ちた。


「日吉!?」

「だ、だいじょうぶ、で、す」

「本当にか? お前無理してるんじゃ」

「う……あの、ほんと……おきづかい、なくです」

「お前なあ、抱きたいほど好きな女相手に気遣わないでどうするんだよ」

「うわああああああせんぱいがわたしをジェノサイドおおおおお」


 ベッドに倒れ伏したまま悶絶する姿は異様な光景であるはずなのに、すっかり見慣れた晴香の姿にこれはいつも通りの反応、と葛城はほっと胸を撫で下ろした。どうやら自分が思っていた様な最悪な事態ではないらしい。


「本当に俺が触っても大丈夫なんだな?」

「むしろおねがいします……」


 蚊の鳴く様なか細い声だが否定ではない。葛城は自分も横になると晴香の体を緩く抱き締めた。


「……泣いてる理由は訊いてもいいのか?」


 すっかり濡れてしまった晴香の両頬を掌で拭う葛城の声は優しい。きっと「だめです」と答えたら「そうか」と返してくれて、そこから二度と尋ねようとはしないだろう。けれどそれだけは駄目なのだ。

 状況からしても葛城が猛烈に勘違いをしているのは間違いない。いっその事その勘違いが正しければよかったのだが、晴香が泣いてしまったのはあまりにもこう、情けない理由でしかない。言わずに済むならそうしたいが、それではこの先輩にずっと勘違いをさせたままになる。そんな酷い事を強いるなんて無理な話で、ならば素直に事実を打ち明けるしかないと晴香は己を奮い立たせた。


「あの、です、ね……」

「ああ」

「その……びっくりしすぎて……」

「……あ?」

「……きもちよすぎて、びっくり、しまし、た……」


 漫画やドラマ、それこそ数少ないながらにも見たことのあるAVと、あとは友人らからの体験談などで全く知識が無かった、というわけではない。が、しかし。見聞きして得ただけの知識では到底太刀打ちできるものではなかった。

 こんなにも気持ちがいいものなのか、という感覚が絶え間なく訪れたのだ。一体どれだけ快楽を叩き込まれるのか、これ以上経験したら自分の体はどうなってしまうのか、もっと強い快感を得たりしたら頭がどうにかなってしまうのではないかと、羞恥でいっぱいっぱいだった所への最後の一撃で感情が溢れかえり、泣く様な事は全くなかったのに涙が止まらなくなった。


「だからその……先輩が、いやになったとか、そういのじゃ……ない、です」


 言葉を紡ぐ度に自分の精神力が削られるようだ。ゲーム上ならすでに赤く点滅しているに違いない。会わせる顔などあろうはずもなく、晴香は葛城の胸元に頭を寄せてひたすら顔を隠す。と、その頭ごと葛城に抱き込まれた。


「――俺を殺す気か」


 おそらくは初めて聞く葛城の照れた様な声に、晴香は自分の羞恥も忘れて顔を上げようとした。


「見るな」

「先輩痛い」


 頭を押さえ込まれさらに抱き締められる。


「あーもうなんだよお前! なんだよその理由!! お前の泣き顔見た瞬間心臓止まりかけたんだぞこっちは!」

「だってほんとに気持ちよすぎて」

「今日だって最後まではしないつもりだったのに、ンな可愛い理由で泣かれてどうしろってんだ!」

「え」

「なんだよ」

「最後までしてくれないんですか?」

「……お前無自覚に俺を煽りすぎるだろ」


 勘弁しろよ、と葛城は晴香の頭を抱いたまま盛大にため息をつく。「しないんですか」と「してくれないんですか」の言葉の違いを一体どれ程理解しているのだろうか。きっとこいつのことだからなにも考えちゃいないんだろうけどな、と今度は長く息を吐く葛城の考えは哀れな事に大正解だった。晴香は特に何も考えずに口にしている。


「いや……あの、だって、その、先輩、昨日もだし……あと、お、とこの、人って、そういうの、大変なのでは」

「ヤりてえよ。そりゃ今すぐお前のナカに挿れたいしさっきみたいに啼かせてえけどな」


 そうするには晴香の体がグッタリとしすぎている。それが気がかりで葛城がその事に触れれば、今度は晴香が葛城の腕の中に潜り込んできた。


「お前それはなんだ、照れ隠しのやつか」

「お察しください」

「察するには情報が足りてねえ」

「照れてるんだなっていうのがわかってるだけでいいじゃないですか!」

「そうはいくか。俺はお前に無理はさせたくないんだよ」

「……さっきはさせてたくせに」

「あれは本気で嫌がってたわけじゃないだろ」


 恥ずかしいという理由での拒否は論外であるらしい。


「お前すげえ体に力入ってねえじゃん。どっか悪いんじゃないのか?」

「腰が……」

「痛む?」

「……抜けました」


 ぐぼ、と葛城の咽が異音を立てた。呼気がおかしな所に入ったらしく、咽せそうになるのを懸命に堪えている。


「きもちよすぎてこしがぬけてるんですよ!」


 だからそういうお気遣いは結構です、と晴香はキレた。これはもうキレるしかない。そうでなければ羞恥で死んでしまう。先輩の家に来てからもう何回しんでるかなあ、と晴香は若干意識を飛ばしかける。その隙に葛城は自分の体勢を立て直した。


「腰が抜けて、気持ちよすぎて泣き出すほどお前を感じさせられたなら、俺としちゃあ大満足だよ」


 ちゅ、と晴香のつむじに一つ唇を落とす。


「最後までしない、ってのはあれだ、今日ヤるとお前が明日起きられなくなるからだ」

「え?」

「一回ヤって終わり、なわけねえだろ」

「は?」

「デートしたいんだろ? まあ明日じゃなくてもいいなら今から遠慮なく抱くけど」

「先輩明日がいいです明日こそ先輩とデートがしたいしたいなー」

「お前のそういう自分本位な所は嫌いじゃない」

「防衛本能が高いと言ってくださいものすごく先輩の言葉に不穏な気配が」

「その野生動物の本能は大事にしておけよ。この状態でヤるとお前抱き潰されるからな」

「先輩再三言いますがわたし初心者! 処女!!」

「おうよ、その処女相手に二回も我慢してこれで三回目なわけだ。それが三度目の正直、でヤってみろよどうなると思う?」

「いやああああ考えたくないくらい先輩の顔が悪いいいいい」

「だから今日はしないって言ってるんだよ」


 まあ真似っぽいのはするけどな、との言葉と同時に晴香は顔を上へと向けられた。こめかみと額にキスをされる。


「せん、ぱい、ちょっ……え、もう?」


 頬や唇にも軽く口付けられる間にも、葛城の掌が晴香の肌の上を蠢いている。熱はすでに発散されていたはずなのに、撫でられる箇所からポツポツと火種が灯る様で晴香は身を捩る。

「ていうか!」

「ん?」

「今日も最後までしないんだったら、その、もう終わりなのでは?」


 すでに二回も高みに昇らされている。晴香としてはこれ以上は無理であるし、葛城も自分の熱をどうにかした方が良いのではなかろうか。そう問えば「だからだよ」と軽く返されるが、晴香は頭上に疑問符を浮かべるだけでその意味が分からない。


「昨日言ったけどお前覚えてるか?」

「なにをですか?」

「俺に触られて気持ちいい、って感じるのに慣れろって」


 確かにそう言われたし、それを忘れているわけでもなかったが素直に頷くには恥ずかしすぎる。ええと、と視線を彷徨わせる晴香の体を軽く転がして仰向けにさせると、葛城は自分は横を向いたまま晴香の背中に腕を入れ抱き締めた。さらには晴香の脚に自らの脚を絡めてくるので、これで完全に晴香は身動きが取れない。葛城に挟み込まれてしまった。


「お前まだ全然慣れないどころかびっくりして泣き出すしなあ」

「それは……!」


 改めて口にされると即死する勢いで恥ずかしい。そんな晴香を眺める葛城は完全に獲物を前にした獰猛な獣の笑みを浮かべている。


「だからもう少し慣らしが必要だろ? ってのと、あと散々煽られたんで俺ももう一人じゃ処理しきれねえからお前に手伝って貰おうかと」

「わたしにできるんですか?」

「お前にしかできないヤツだな」

「ええと、がんばります?」

「無自覚ほんとこえーな」

「あ、なるほど? これ手でなにかするんですよね!?」

「よーしお前少し黙ろうか!」


 突然葛城の親指を口に差し込まれ晴香は目を白黒させた。せんぱい、と呼ぼうにもモゴモゴとした声しか出せず、さらには親指で舌を軽く撫でられる。


「ふ……ぁ……」


 指を抜き差しされ口の端から唾液が零れる。そうやって晴香の腔内を蹂躙しながら葛城は体を動かし晴香の首筋に唇を寄せた。



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