第17話 7
昨日よりはゆったりとしたキス。しかしその分葛城がどういう風に動いて、それにより自分がどれ程翻弄されているのかを実感してしまうので晴香としては堪らない。
恥ずかしいけど気持ちいい……けどやっぱりこれは恥ずかしすぎる、とつい逃げるように舌を奥へと引っ込ませる。勿論すぐに絡め取られた上に音を立てて吸い付かれた。
「は……っ、ふ……」
ようやく唇を解放されれば吐息の様な声が零れる。晴香の唇はぽってりと膨らんでおり、それを葛城は目を細めて見つめる。
「日吉、舌出せ。あと目ぇ開けろ」
絶対閉じるな、と仕事の時の口調で耳に言葉が流し込まれ、そうしてまた唇が塞がれた。
ああ先輩からの指示だからそれに従わなきゃ、と混乱した頭はいつもの癖でそう判断をし、晴香はそれに素直に従う。
視界がぼやける程近い距離に葛城の顔がある。キスしてるんだから当然かとそう思いながら舌を出すと、もっと、とでも言うようにその舌先に葛城の舌が絡みつく。互いの表面を擦り合わせるように動いたり、裏側を尖らせた舌で撫でられると晴香の背筋をゾクゾクとしたものが一気に駆け上がる。
思わず目を閉じると舌に柔く歯を立てられた。今度は驚きで目が開く。葛城は晴香を見続けており、その目が「閉じるな」と命じている。
そうだ、目を開けておかなきゃだった、と晴香は懸命にその命令に応える。
そうやって言われたとおりに目を開け、葛城と視線を合わせたまま行為は続く。
一体どれくらいの間そうしていただろうか。ようやく解放された頃にはすでに晴香の息は完全にあがっており、全身で呼吸を繰り返す。もぞり、と身体を動かそうとするがうまくいかない。え、と驚きに一瞬固まるが、すぐにその原因に気が付く。
いつの間にか、脱がされたシャツと下着でうまい具合に両手を拘束されていた。
「先輩これ……!?」
頭上で両手を縛られている。驚きに目を大きくする晴香に対し、葛城はふむ、と一人納得したかのように頷いた。
「そういやこれできんじゃね? ってやってみたら意外といけたな」
「そんな簡単なノリでできるものですっけ!?」
まさかの拘束プレイである。晴香は顔色を一気に青くする。当然だ。
「だからわたし初心者なんですけど!!」
「そこも組み込んでる」
「どこにーっ!? なにをですかーっ!!」」
「これで俺は両手を自由に使えるし、その分お前を気持ちよくさせられるだろ?」
「お気遣いポイントがここでもズレてますけど!?」
「拘束っていっても軽く纏めてるだけだからすぐに解けんだろ」
たしかにグルグルと丸めた状態なだけで縛っているわけではない。少し強めに手首を動かせばすぐに抜け出せるだろう。
「お前が本当に嫌になったら外せばいい。そしたら俺もそこで止めるよ、全部」
全部、とは単にこの行為の事だけなのか、それとも急激に変わった二人の関係性そのものを指しているのか。どちらの意味合いが強いのか晴香には分からない。が、そう言われてしまえば自分はもう動けない。いちいち騒いでしまったりなんだりしているが、それらは単純に行為に対する羞恥と、それに伴っての初めて見る葛城の男としての顔、そんな彼から向けられる想いの強さと勢いに混乱しているだけだ。そこに嫌悪は欠片も混じっていない。
葛城にされて嫌だと思うことは無い、けれども。
「……そんな風に言えばわたしが動かないってわかって言ってる……!」
進むも止まるも晴香に委ねている。それは葛城の気遣いではあるけれども、それと同じくらい晴香に対して想いを返せと言っているのと同じだ。
「お前は俺が思ってた以上に恥ずかしがり屋さんみたいだからなあ」
「全力で煽って……!」
「本当なら口で言って欲しいところなんだが、そこまで求めるのはまだ早そうだし。だから態度で示そうよってやつだ」
ニヤニヤと見下ろしてくるこの先輩が憎い。いっそ呻り声すら上げそうな勢いで葛城を睨み付ける晴香であるが、残念ながら子猫が威嚇している様にしか葛城には見えず何一つ効果は無い。
「あとはお前に対する教育的指導でもある」
「はい?」
「今晩じっくり誰が誰の彼女なのか教え込んでやるよ」
普段とてもじゃないが目にしたこともなければ聞いた事もないような甘い顔と甘い声、で発せられた言葉は晴香にとっては死刑宣告にも近い恐怖を与える。「オタスケ」と慈悲を請うてみるも「却下」と一刀両断された。
「てことで、お前今日は目を閉じるなよ」
「……え?」
そういえばさっきのキスの時にもそう言われたなあと思い返せば、芋づる式にそのキスがとんだ恥ずかしい物であったのも思い出した。ボフン、と顔から湯気でも出そうな程に真っ赤になる晴香に対し、葛城は容赦など欠片も見せずにさらに追い打ちを掛ける。
「俺にキスされても、体中触られたり舐められたりしても、目は閉じずに誰がお前にこんなコトしてんのかちゃんと見とけ」
「ふぁッ!?」
突然胸を掴まれ晴香は大きく仰け反った。下から掬い上げる様に葛城の掌が覆い、そうしてやわやわと揉み込まれる。
「ちょ……先輩っ、そ、れ……」
「痛いか?」
「いた、くはないけど……くすぐった、い」
そしてゾワゾワとした感覚がより一層強くなっている。
「これは?」
葛城の大きな掌が晴香の鳩尾の辺りを緩く撫でる。ぎゃ、とおよそ可愛げとはかけ離れた叫びが晴香の口から飛び出、それにより葛城は軽く吹き出した。
「せんぱい……」
誰だってこんな所を不意打ちで触られたらこうもなるだろうと、晴香が恨めしげな顔と声で葛城を呼ぶ。
「ん?」
余裕綽々、そして晴香の反応が楽しいのだろう、葛城はニヤニヤとしており、それがまた晴香の怒りを煽る。
「……かおが……いやらしすぎるんです、が……」
「そりゃいやらしいことしてるから当然だろ」
ついこんな憎まれ口を叩いてしまうが、葛城はそれに反論するどころか便乗してくるからタチが悪い。
「このヘンもくすぐったいのか?」
「ひゃっ!? やめ、先輩、まって! くすぐった、い、んです、って!」
せっかく落ち着きはじめた呼吸がまた乱れる。鳩尾から肋骨の辺りを撫でられ、そこから胸の縁に沿うように脇の方へと指が動く。身を捩って逃げようとするが、今もまだ葛城の体で押さえられているので無理な話だ。
「ここは?」
「そこもです!!」
ふうん、と葛城は一通り満足したのか晴香の両脇に腕を付く。真っ直ぐに見つめられるとこれまでとは違った羞恥が晴香を襲う。
「なんだよ」
「なんでもないです……」
「わりと今の時点でエロいことしてんのに、今更顔見ただけで照れるなよ」
「だからーっ!! 先輩そういうとここそお気遣いポイントでスルーでは!!」
「なあ日吉」
「なんですか!」
「嫌いなヤツが相手だと、触られた時は気持ち悪いとか嫌だと思うんだと」
「まあ……そうでしょう、ね?」
「だからお前に触ってもくすぐったいってしか思われなくて嬉しいなと」
「そっ……れ、は……ヨカッタ、デス」
何と返したらいいのか分からず、そんな言葉しか出てこない。この先輩は唐突にデレてくるから心臓に悪い。
「それにあれだ、くすぐったいって感じる所はそのまま感じるポイントにもなるから、これからの楽しみが半端ないのもある」
「楽しみ……?」
「開発とそこからの調教のしがいがあるよなって」
「先輩もわたしと同じくらいテンパってる時の発言がアウトでは!?」
「お前と一緒にするな俺は別にテンパってねえ。あえて言うなら盛ってるだけだ」
「アウト感がさらに増しですよ!!」
「開発に調教、と拘束、ってきたらもう監禁までのAVフルコースもいけそうだけどどうする?」
「いけませんよ!? 先輩それはブタ箱直送コースです!」
無駄に美形の笑顔を振りまきながらの発言の残念さと言ったら他に類を見ない。
「まあ監禁は止めとくか。逃げ出したお前を捕まえるのが絶対面倒くさい」
「なんでそこでそんな心底イヤそうな顔なんですか」
「監禁は駄目だろ。なにがなんでもお前逃げるし、逃げたらとことん隠れまくるだろうし、そうなると探して連れ戻す労力が半端ねえ!」
「だから一度もそんな状況に陥ったことないのに、さも見てきたかのように言うのはですよ、いかがなものかとですよ」
「これまでのお前の傾向による冷静な判断」
「ぐうの音も出ません」
「無理を強いて反抗されるより、自ら進んで俺の側から離れられないようにすればいいだけだからな」
「なんでしょうかね、猛烈に不安が煽られるんですけど」
言葉に含まれる何か、を感じ取り晴香の脳が警鐘を鳴らす。葛城はその不安を吹き飛ばすかの様に優しく微笑んだ。続く言葉は真逆でしかないが。
「快楽堕ちさせてやるよ」
「いやーっ!! 先輩がAVのジャケットでしか見ないような単語を口にしてるー!!」
「それだけ大声出せりゃ充分休憩になっただろ。さーて続きだ続き」
さらに悲鳴を上げようとしたが簡単に口で塞がれる。本当にキスで黙らされてる! と妙な感動をする余裕があったのもそこまでで、途端に思考が奪われる。全身でやんわりと押さえ込まれ、葛城の固い胸板で晴香の胸も押し潰されるが、伝わる熱と、微かな動きで擦れ合う肌が新たな刺激となって晴香の体内に燻り始めた。
「日吉……ちゃんと目を開けてろよ」
唇が触れ合う様な距離で再度念押しされる。ヒクリと晴香の咽が揺れると葛城はそこに口付け舌を這わせた。
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