第16話 6
軽く一つに纏められていた両手は今や晴香の頭上だ。おっとこれはこのテの漫画やドラマなんかでよく見る状況、まさか我が身にも起きるだなんて、と現実逃避にどうにか意識を反らそうとするが、抑え付けられている手首から伝わる熱がそれを邪魔してくる。
あっという間に全部ボタンは外され、シャツは全開だ。晴香は下着姿を葛城の目に晒している。いやこれだってわたしが自分でやってるわけじゃないんだけど、と言えたらどんなによかったか。晴香の体の上からシャツを落とした後、葛城は無言で目の前の光景を見つめ続ける。
夜ともなればさすがに薄着では肌寒い。だと言うのに、葛城の視線が熱でも持っているかのように晴香の肌をチリチリと焦がす。視線と共にその感覚が移動している気がするのは、きっと錯覚ではない。
「っ……先輩」
葛城の空気に圧されてしばし口をぎゅっと固めて黙っていたが、流石に沈黙がつらい。あとなによりもこの、肌を舐める様に見つめてくる視線がとにかく恥ずかしすぎる。
「見すぎでは……」
ともすれば叫びだしそうな程だ。しかしそれすらも憚られそうなこの場の雰囲気に、晴香は完全にのまれていた。
「ん? ああ……いや、お前の下着姿初めて見るなと思って、つい」
「つい?」
「視姦してた」
「先輩いいいいいい!!」
途端にある意味「良い雰囲気」だったのが霧散する。これは確実に自分は悪くない、と晴香はジタバタと暴れ出す。すでに葛城が腰の辺りで跨がっているので微々たる抵抗でしかないが。
「やー悪い悪い」
「びっくりするくらい心がこもってない!」
「悪かったって」
「それに初めて見るとか……すでに二回も人のこと剥いてるくせにー!」
「その二回はノーカンだ。極力見ないようにシャツ着せてから脱がせてんだよ」
「え」
「そりゃそうだろ。好きな女の下着姿とか裸とか見たら、いくら俺でも我慢できるか」
「お……お気遣い?」
「全力のお気遣い」
「でもそのポイントずれすぎじゃないです!?」
「どこがだよ、そうでもしてなかったらお前意識ない間に処女じゃなくなってんぞ」
「ああああああ!!」
「つくづく相手が俺でよかったな」
「ほんとにですね、ってほんとうにー!? そうなんですかねええええ!?」
「にしてもお前さ、ちょい小さくねえか?」
「その発言で全てのわたしを敵に回しましたね」
女性相手に禁句中の禁句ではなかろうか。晴香の眉間に、ブリザードが吹き荒れる時の葛城並の深い皺が浮かぶ。
「あー、胸じゃねえよ。いや胸もだけど」
「失礼! 先輩が全力で失礼いいいい!! 言っときますけどわたしの身長体重からしたらまあこんなもんですからね! 特段小さいとかそんなんじゃ」
「全体的にお前自身が小せえなって」
軽く体を動かし、葛城は自分の下から晴香の片脚を引き出し持ち上げる。そっと撫でるような動きに晴香の肩が微かに震えた。
「さっき掴んだ時に思ったんだけど足首とかも細えし、お前の両手だって広げた所で俺の片手で覆い隠せそうだし」
腹もさあ、と脚を掴んでいた手が今度は晴香の腹部に触れる。
「お前こんな小さかったんだなあ」
しみじみと、そしてどこか感心すらしているかの様な葛城に晴香はじわじわと羞恥を煽られる。先輩が大きすぎるのでは、と小憎たらしい返しをすればまあな、と軽く頷かれた。
改めて体格差を実感する。たしかに葛城と自分とではあまりにも差がある。身長や力は当然ながら、体のパーツ一つをとってもだ。
先輩の片手だけでわたしの胸両方とも触れたしなあ、と昨夜の記憶がふと蘇るが、それはそのまま晴香の羞恥心を頂点まで押し上げた。
「……どした」
突然真っ赤になったかと思えば「ふおおおおお」と声を漏らして晴香は悶絶する。当然葛城にとっては謎でしかないが、答える余裕が当人にはない。
ただでさえ恥ずかしすぎる状態であるのに、何故に追い打ちをかけるような事をしてしまうのか。さらに言えば今着けてる下着もさあ、と晴香はもう一段階自分を追い込んでしまう。 どちらも最近買ったばかりのお気に入りの物ではあるけれど、セットではなく上下バラバラの物だし色だって当然違う。普段から下着はセットのしか着ない、と言うお洒落上級者の話は聞くけれども、あいにくと晴香はそうではなかった。おかげでこのザマだ。
「だって先輩とこんなことになるなんて思ってなかったんだもんー!!」
「いきなりなんだよ」
「ナンデモナイデス」
あなたの前で上下バラバラの下着姿でいるのが恥ずかしいんです、などと口が裂けても言えない。
「あ、あれか、下着がセットじゃないのが恥ずかしいのか」
「お察しすぎやしませんかねぇっ!? あとそこに気付くなら黙ってるのが大人のマナーでは!?」
「お前もそういうの気にすんのな」
「先輩こそそういうところに気が付くのってなんていうか女性慣れしすぎでは?」
「慣れるってほどじゃねえよ。まあ、そこそこ?」
「とっても非常にすこぶる腹が立つ言い方」
「妬いてんのか?」
「自意識過剰ー!」
「んだよ妬いてくれねえの? 俺はお前の昔の男ってのにすげえ妬いてんだけど」
からかう様な素振りであるけれど、向けてくる視線はそうではない。本気で言っているのだと理解した晴香は「うあああ」と声を漏らしながら顔を懸命に反らす。せめてこの無様に赤くなった顔を見せずにいたい。
「お前の好きなAVでもないんだし、そんな色が違うのとか気にしなくてもいいんじゃねえの?」
「だからわたしは別にAVが好きなわけではなくってですね!」
「突っ込むとこそこかよ」
軽く吹き出して肩を揺らす葛城を睨み付けていれば、ふと長年の謎が浮かびあがり晴香は反射的に疑問を投げつける。
「先輩! わたしずっと疑問だったんですけど、好みど真ん中の女優さんだけどモザイクしっかりしててほとんど見えないのと、好みってわけではないけどモザイク薄いのだったら先輩的にはどっちがいいんですか?」
豪速球でのデッドボール。ゲホ、と葛城は咽せた。致し方ない。
「……お前なぁ」
このタイミングで、と葛城の顔が呆れている。ヤッチマッタナー、と晴香もすでに後悔しているが、一度出てしまった言葉は消せないのでひとまず疑問の消化を急ぐ。
「わたしとしてはやっぱり好みの女優さんの方がいいのかなって思うんですが」
「まあ、その時の状況に寄るんじゃねえの?」
「状況?」
「溜まり具合」
至極真面目な顔で発せられる残念と言うか正直すぎる答えに晴香は「うわあ」と眉を顰める。
「なんだその顔。引くなお前が聞いてきたんだろうが!」
「あまりにも率直な答えにどういう顔をしたらいいのかわからないんですよ!」
「なるほどそうか、で流しとけよ」
「ええええ……てことは、その……具合によってはモザイク薄い方がいいってことですか?」
「あーでもどうだろうな? 俺そもそもAVとかあんま見たいと思わなかったし」
首を傾げる葛城につられ、晴香もコテンと首を動かす。
「……でも電子派って」
「たまに、ってだけだ。そんなズラッと閲覧履歴が、みたいなのじゃねえよ」
「じゃあそういう具合、になった時ってどうしてるんですか?」
「見たかったらリアルで見ればいいだろ」
「……それはつまりムラっときたらおねえさんを引っかける的な?」
「いや普通に彼女が」
「彼女が途切れたことのないイケメンの発言!」
「昔の話だ昔の。ここ最近はそんな相手いなかったのお前だって知ってんだろ」
晴香が葛城の下に就いてから今日まで、確かに女性の影は見なかったように思う。毎日毎晩遅くまで仕事をして、休日だって突然呼び出されたりしていたのだからまあ仮にいたとしても長くは続かなかっただろう。
「だからまあ今が久々なわけだ」
「なにがですか?」
「無修正でしかも触り放題に対して欲を抱えてんのが」
晴香の耳元まで葛城が顔を寄せる。「見せろ」と一言囁くと同時に葛城の大きな掌に脇腹を撫でられると、晴香の口からは甘い啼き声が零れた。
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