第138話 三つの城(6)坂本城⑤

 また秀吉は、光秀の義妹いもうとが、

信長の側室として織田家に入っていることを、

快く思っていなかった。

 於つまきという名のその女御は、

光秀のつまの妹であるだけに相応の年配で、

信長との間に子は居なかった。

 だが、義兄の光秀が幕府とちかったことに由来して、

京や大和に知った顔が少なくなく、

朝廷で言うところの女官のような役目を担い、

信長は寺社や公家衆について時に尋ね、

有用な情報を得て、

稀には交渉事の橋渡しをさせた。


 「尊い織田家の御血筋と、

儂とて縁の繋がる大望を抱かぬではない。

が、所詮、恐れ多い……叶わぬ夢じゃ。

それを明智めは貴人でもないに京風みやこかぜを吹かせ、

子も成せぬような齢の義妹いもうと

上様の御傍女おそばめとして入れ、

御正室 鷺山殿が鷹揚であらせられるのを良いことに、

その女御は奥で大きな顔をしておるというではないか。

兄が兄なら義妹も義妹。

まったく油断ならぬのう!」


 主と家臣が閨閥を結ぶ、

男児を養子に入れる、

または預かって育てるということは当たり前に行われていて、

光秀の義妹が信長の側室になったことに違和を覚える必要は、

一切ないことだった。

 どうかすれば、

主が孕ませた女人を家臣に与え、

娶った家臣は出世を果たし、

子が男子であれば嫡子となって家督を継いだ。


 於つまきへの罵りを耳にして、

未熟に過ぎた仙千代は、

この時だけは、つい言ってしまった。


 「於つまき殿が大きな顔をされているのを見たことは、

ついぞございません」


 事実、於つまきは控え目な振舞の人だった。


 秀吉が紅潮し、

表情ががらりと変わった。


 「仙殿っ!」


 「はっ、はい!」


 「殊勝な顏をしているからと、

そ奴が殊勝だとは限らぬのですぞ!」


 

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