第136話 三つの城(4)坂本城③

 出世の道をばく進する秀吉に向けられる眼は、

感嘆、好奇、妬み、嫉みと様々だった。

 その有能を高く評価した信長は、

秀吉の配下不足を補う為に信長自らたすけを出した。

 が、大きな作戦を任される秀吉はそれでも足りず、

将兵引き抜きが頻繁な上に強引で、

宿老 柴田勝家と諍いを起こしたり、

やはり重臣であった亡き森可成よしなりの不興を買ったりと、

軋轢をよく引き起こしていた。


 それが、秀吉からすれば光秀こそ、

嫉妬の矢の的であると告げられ、

当時仙千代は、

困惑半ばで耳を傾ける他なかった。


 「仙殿。よろしいか。

覚恕かくじょ上人は帝の濃縁。

根切の下知を受けようと幾ばくかの根を残し、

上人に恩を着せての戦後処理とて、

不可能ではないと儂は明智に説いたのだ。

上様が仏敵呼ばわりされるのは、

苦しゅうて、切のうて。

上様は侍でもない儂を取り立てて下さった。

明智は明智で、

幕府の用人であったのを将軍から離れ、

いや、足利家を見捨て、

織田家の軒にこの儂よりも後に入った身。

左様な我ら二人は万一お叱りを受けようと、

上様への恩義を華やかな武功のみならず、

陰徳の心をもってして、

お返しするが本道なのではござらんか」


 陰徳と言いつつも、

信長の近習である仙千代に

しゃあしゃあと本道とやらを語って聞かせるのだから、

秀吉の言は矛盾しているが、

それほどに光秀を好まないのだと知れた。


 まったくの末席とはいえ、

何処でどう入り込んだのか、

越前に住んだ時代に朝倉義景に便利に使われたのか、

幕臣に準ずる地位を得ていた光秀は、

信長の知己を得て、

信長と幕府を結ぶ仲介の役目に就くと、

京人みやこびと達や幕府中枢に食い込んで、

武人でありながら雅な風を纏っていぬでもなかった。

 書や古典、茶の道を熱心に習い、

馬鹿にされまいと修練に励む努力の虫の秀吉は、

野卑とまでは言わないが未だ野武士の趣が濃く、

一方の光秀が鼻高々に取り澄ましているとして、

面白くない顏を隠さぬことが間々あった。


 とはいえ信長にしてみれば、

白でも黒でも鼠を獲る猫は良い猫であり、

どちらでも構いはしないに決まっている。

 知っていながら秀吉の光秀嫌いの言葉は続いた。


 

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