第134話 三つの城(2)坂本城①

 四年前、

長秀が佐和山城主になった折、

ほぼ同時期に坂本の地を賜ったのが明智光秀だった。


 比叡山延暦寺との戦いに於いて、

特段の功績があったとして、

信長は光秀に坂本を与え、築城を命じた。

 

 坂本は比叡山の麓にあって、

延暦寺の門前として発展した非常に豊かな町だった。

 背後は山脈、眼前は湖、

かつ、京に接しているのであるから、

光秀が坂本を拝した時には、

光秀の延暦寺攻めが、

命じた当の信長さえも驚く程に苛烈で、

その分、多大な戦績を収めたにしても、

光秀が信長家臣として新参であることを思えば、

誰もが驚き、一部の者は、

もしや羨望のみならず嫉妬すら覚えたやもしれなかった。


 光秀が坂本を授かって、

一国の支配者となったことを快く思わぬ急先鋒が、

実は秀吉だった。


 秀吉は信長より三つ年下であるから、

信長から見た光秀が一世代上であるのと同様、

秀吉にしてみても光秀は親世代の年配だった。

 齢こそ離れているものの、

二人にはよく似たところがあった。

 両者共、信長の家臣として譜代でなければ、

名門の出でもなく、

そして何より頭抜けて目端が利き、知恵者だった。


 一人が武功を上げれば、一人が交渉をまとめる。

一方が殿しんがりを務めるといえば、

もう一方が助太刀を申し出て、

手柄を決して独り占めにさせはしない。

 隠しもせず、特に敵愾心を抱いているのが秀吉で、

年長であり、文化的素養豊かな光秀は、

表立っての不興不快は決して見せず、

賑やかしい秀吉を涼し気な顏でやり過ごしていた。


 二人は信長の歓心を買う為に、

あらゆる手立てを用い、気に入られようとした。

 仙千代や竹丸、他の側近衆とて、

信長の意を我が意として身を律し、

信長の機嫌には注意を傾けている。

 しかし秀吉と光秀が、

信長を歓ばせようという熱意は出色で、

秀吉は賑々しく、光秀は粛々と、

信長への忠義忠誠を事あるごとに顕示した。


 かつて、秀吉の忘れられない一言が、

仙千代にはあった。


 「儂は相当な勇み肌じゃと思うておったが、

坂本の主殿ぬしどのの勇み肌もまた凄まじいものよ。

一見、控え目に振る舞っておるが、

誰より己は賢いという本心が、

儂には透けて見えるのじゃ」


 織田家中に於いて長秀に続き、

畿内で城主となった光秀を、


 「坂本の主殿」


 と秀吉は嫉妬混じりの揶揄で呼び、

嫌悪の情を明確に込めた。


 あたりは他に誰も居らず、

秀吉の話は続いた。








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