第132話 早舟(10)寝所③

 聞けば信長は、岐阜を発ち、

丹羽長秀の佐和山を経て、

明智光秀の坂本から京へ入ろうという時、

早舟、

つまり漕ぎ手の少ない機動性に優れた小型船を用い、

水路で移動したという。


 その際、信長の随伴が、

年若い小姓衆五、六名であることを長秀は慮り、

信長に、

いつものように一軍を率い、陸路で上洛するか、

もしくは、せめて大船で、

十分な警護を従えてゆくべきであると進言した。


 「しかも五郎左め、

湖上は嵐にも似た強風だと言うて、

やはり部隊と陸を行けと申すのだ。

仙も知っておろう、

此度、早舟は新しい技を使っての型で、

これは使えるとなれば百、二百と造らせて、

我が水軍を強化するのだ。

それを五郎左は、

無二の御身なれば慎重にも慎重を期すべしと言いよって、

最後まで不得心を隠しもせず。

あれは何であろうな、何を左様に案ずるのか。

そこまで老け込む齢でもなし、

心配性が過ぎるのだ」


 若き日の信長は村木砦救出戦で、

地元の水夫達さえ尻込みをする雨風の中、

熱田から緒川まで強風に乗り渡海して、

わずか半刻で到達すると、

早速、評定に入り、

翌日の合戦に間に合わせたという成功体験があった。

 そうでなくとも信長はせっかちで、

期待の早舟が成ったとなればじっとしていられず、

長秀の憂慮に耳を貸さず、

無にも等しい警護でうみを渡ったに違いなかった。


 「佐和山と坂本は水辺の城。

岸から岸じゃ。何処に敵が潜むというのか。

何を危ぶむことがある。

明智も、陸路なれば半日かかるところ、

早舟は流石であると感嘆しておった。

それが尋常じゃ。のう、仙」


 「なれば、坂本からこの相国寺までも、

上様は、もしや、小姓衆のみと……」


 「無論だ。京には所司代、村井がおる。

京に接した坂本は明智が強く固めておる。

何じゃ、仙まで五郎左の真似か」


 甘く、艶めいていたはずの褥で、

仙千代の身はすっと冷え、不安の風が心に吹いた。


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