第130話 早舟(8)寝所①
寝所は、信長の着物の伽羅の香りだけでなく、
心なしか二人の汗の匂いが混じるようだった。
今夜、若い仙千代は飽きずに信長を求め、
狂態とも言える姿を晒したことを今になって恥じ、
信長が仰向けで静かに目を閉じているのを良いことに、
そっと閨房を出ていこうとした。
仙千代の微かな身動きに信長の手がぐいと伸び、
腕を掴まれて、抱き寄せられた。
「何処へ行く」
暗闇でも顏は分かった。
先程まだ灯りが燃えていた時、
仙千代を狂わせていた主だったが、
今は詰問を装いながら声が穏やかで、
表情の柔和であることが知れる。
「勝手をするでない」
「不寝番が侍っておる上、
もうお休みのようにお見受けしたので」
信長は笑った。
「相変わらずじゃの。
気紛れ、我儘な仙千代が出た。
万見殿は用さえ済めば部屋へお帰りか」
ついさっきの仙千代は快楽を手離すまいと、
果てようとする信長を許さず、
恍惚の渦中で陶酔を味わい尽くしていた。
数々の初の大任をまずは終え、
心が解放されると身体が強く愉悦を求めた。
「まあ、良い。そこもまた可笑しみじゃ」
信長は腕の中の仙千代を間近に見詰めた。
「仙とは身体が合う。
いや、誰が相手であろうと仙は左様に振る舞えるのか」
横たわったまま仙千代を抱き、
信長は、
「純朴なる美童ぶりに目を引かれ召し寄せたが、
仙千代は思いのほか……」
と続けながら、最後は黙った。
「思いのほか?何なのですか?」
「いや、やめておく。
自惚れさせて、これ以上、
好き勝手されては」
「好き勝手など」
いっそう、ぐっと抱き締められた。
「いかんな。仙の我儘は愛しい。
口惜しいが儂の気に入りじゃ」
信長は唇を重ね、
今再び熱をもって口づけた。
「上様……」
「一日とて離したくはない仙千代……
このところのように、
離れて過ごす日がこれから増えるかと思うと……」
「雛がいつまでも許に居っては、
親鳥こそ困りますでしょう」
「ずっと御傍に置いて下さいと言うものじゃ」
信長は機嫌を損ねる真似をした。
しかし、不興の響きは微塵もなく、
むしろ、仙千代を面白がって、
「身の程を知り、心根が善く、
慎ましいのに何をするでも熱がある。
仙は誰かに似ておるな……」
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