第129話 早舟(7)大和の芋③
仙千代の叱責に大きな体を低頭し、
「はっ、まさに」
と赤らんだ口や頬を冷えた手拭いで押さえ、
源吾は神妙だった。
彦七郎も加わって、
「この手の類いが食べられぬなら、
今宵、御遠慮申し上げれば良かったのだ。
ややっ、真っ赤であるぞ」
と、源吾を覗き込んだ。
「戦だ、旅だとなれば、
食べ物の好悪など言っておれませぬ。
幾度も食して経験を積めば慣れるものかと思いきや、
今宵、粘り性の食物は我が天敵であると、
つくづく分かり申した。
見苦しいところをお見せ致し、
恥じ入るばかりでございます」
源吾は皮膚のかぶればかりでなく、
恥ずかしさか紅潮を増していた。
はじめ、堪えていた信長が、
源吾の猿面、そして恥じ入りぶりに、
もう我慢できぬとばかりに大笑した。
「左様に皆で虐めるな。
源吾、良い良い、その性根や良しだ。
流石、仙千代のあの父が見込んだだけはある。
苦手を克服せんとするその心、
儂は嫌ではないぞ」
源吾をますます気に入ったと言った信長が、
褒美にと小姓に持ってこさせたのは饅頭だった。
蒸したての白い饅頭は、
実は材料に大和の芋が使われていた。
源吾はおそらく知っていた。
それが証拠に、何やら決意めいた顏をして、
饅頭を取り、頬張った。
仙千代の呆れは頂点に達した。
あっ!今の今、あれほど言うたに、
またも食いおった!芋の料理を!……
饅頭の原料など知らぬが信長で、
信長は源吾の食べっぷりに満足を見せ、
「美味いか。儂の分もやろうぞ」
と言った。
内心、やはり呆れているのだろうが、
源吾を案じたものか、彦七郎が、
「上様が満腹なれば私が頂戴致します!」
としゃしゃり出ると、
「彦七郎は食い過ぎじゃ。
齢を重ねれば腹が邪魔をして馬にも乗れなくなるぞ」
と、信長は自分が食べた。
無口な源吾だが体躯に恵まれ、
文武を修め、礼も知っていた。
東三河では仙鳥 仏法僧を二羽射止め、
運を背負ってもいる。
そのような源吾の欠点でもないが、
微笑ましい弱点を知り、
仙千代も信長以上に源吾の人品に好感情を抱いた。
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