第128話 早舟(6)大和の芋②

 仙千代の見たところ、

大和は災害の少ない土地柄ながら山間部が多く、

人々の糊口を潤す方便が寡少であるという印象だった。

そこに加えて、

大陸伝来の高度な技術を伴う用品、工芸の製造や、

目下も話題の大和の芋など市場産物は寺社の荘園が

良品を栽培していて

農民の作物は品質に劣り、競い合えば負けてしまい、

利益が薄い。


 信長はとろろ飯を一気にかき込み、


 「ううむ、美味い。

だが、この白煮とやらは味がよう分からん。

味噌を持て」


 やがて、豆味噌を小姓が差し出すと、

白く炊かれた芋に味噌をたっぷり乗せた信長は、


 「やはりこれじゃな。

とろろ飯によう合うわ」


 と、珍しく二杯目を所望した。


 「ま、仙千代。

左様なことであるから、今後も塙九と携え合い、

あの地を耕すのだ。

織田家の覇権の行き渡る地としてな」


 信長は芋料理の数々をすっかり腹に収めた。

信長がおかわりまでするとは、

まったく珍しいことだった。


 「おや?源吾、如何した。

その図体でただ一杯で足りるのか。

三杯、四杯と遠慮せず食べよ」


 大男ながら源吾は寡黙であるせいか、

圧迫感は無く、いつも静かな居住まいなのだが、

今はまたいつにもまして慎ましく映った。


 「源吾、儂なぞ既にもう三杯じゃ。

常は儂より食うではないか」


 と言った彦七郎が源吾の異変に声をあげた。


 「なっ、何じゃ!口の周りが真っ赤じゃ!」


 仙千代も、


 「芋にかぶれる質か。何故言わぬ」


 「いえ、出されたものは頂きます。

痒いぐらいは何ともござらぬ」


 確かに膳の上はすべて空になっていた。


 「腫れておる!」


 と、彦七郎が尚も声を張り上げると、

小姓が濡れた手拭いを慌てて出した。


 源吾は軽く頭を下げつつ受け取ると、

患部を押さえた。


 笑えば良いのか、呆れれば良いのか、

いや、やはり呆れるしかなく、

仙千代は、


 「上様の御前ではあるが、

受け付けぬものを無理に食すでない。

身を健やかに保つことは忠節の第一歩であるぞ」


 と叱る真似をした。



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る