第17話 龍城(11)騒擾⑤

 一気に仙千代は、

勝丸を拳で殴りつけていた。


 勝丸が飛び、地べたに落ちた。


 勝丸は肩や腰を強打して、

一瞬、呻りを上げた後、仙千代を睨んだ。


 「若殿が侮辱されたのだ、

ぬしが侮られれば看過は出来ぬ!」


 と、その目は訴え、

転倒した際に噛んだのか唇が切れていた。


 怒りが収まらない勝丸は、

身を起こしながら、

尚もつばに手を掛けた。


 仙千代は瞬時に反応し、

立ち上がろうとした勝丸を今度は蹴った。

 手で押し止めていては間に合わず、

そうするしかなかった。


 勝丸がどんと仰向けになった。


 見下ろした仙千代は、


 「死にたいか!

ここは何処ぞ!城中なるぞ!

酔漢に白刃を晒し、己が首を晒す気か!

上様も若殿も徳川様も、

左様な首は見たくもないわ!」


 と厳しく告げた。


 織田の家臣が織田の城で争って、

刀を抜いてもただでは済まない。

 多くの場合が、問答無用で打首、

または切腹となる。

 城内で刃傷沙汰は御法度だった。

しかもここは岡崎だった。


 勝丸の瞳から一時いちどきに涙が溢れた。


 「なれど!」


 「やかましい!」


 「あ奴等は若殿を悪し様に、」


 「黙れ!」


 勝丸は立てた膝に顔を埋め、

わっと泣いた。


 仙千代の怒気に気圧されたのは、

勝丸だけではなかった。


 城兵達も一歩二歩、下がり、

青ざめていた。


 頭を冷やして考えたなら、

城内で騒ぐなどもっての他で、

多勢に一人が相手なら、

何も無かったと虚偽を言い張りも出来ようが、

新たに一人こうして加わったからには、

そうはいかない。


 仙千代が目を向けると、

口をわなわな震わせ、五人が一塊りになった。


 勝丸に相対していた、

二十歳かそこらか、年長の一人が、

特に身を固くしていた。


 何も無かったことにして、

甘い顔をして見逃しても、

相手が足軽では貸しを作ることにはならない。

この場は詫びてみせたとしても、

明日の朝には舌の根も乾かぬうちから、

信忠を無能だと中傷し、嘲笑うのは、

目に見えていた。


 「おっ、御赦し下さい。

悪気はございませんでした。

ほんに、何の悪気もなく、つい、」


 「つい、何だ」


 足軽は視線を落とし、

かちかちに凍り付いている。


 「さ、酒に酔って、

口が滑り……」


 「滑らせたのは誰だ」


 どうやら年嵩の一人だけだと知れた。

他の若い四人は追従ついしょう役だった。

そうなれば話は易い。

 仙千代は一人のみ、前に出させた。


 泣いていた勝丸が、

ようやく立ち上がった。

 多少は冷静になったのか、

項垂うなだれている。


 「この城では、

兵が飲酒をして許されるのか」


 何処の城でも、

規律違反に決まっていた。

 とりわけ本丸は城の中枢であり、

城主や賓客の座所であり、

まして、

天下人たる人物が接待されているというのに、

御殿の裏で酒を飲み、

城主のつまの実兄を誹謗するなど、

許されざることだった。


 仙千代は五人を四と一に分断し、


 「四人は上の者に報告の上、

沙汰を待て」


 若輩の四人は首謀者と別にされたことで、

いったん、安堵の色を浮かべた。

 

 「一人は留まれ。

四人が誰ぞ、呼んでくるであろう。

待つ間、首を洗っておくがいい」


 仙千代が言葉を投げると、

兵達は大慌てで去った。


 




 


 

 


 


 


 

 


 


 



 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る