第18話 龍城(12)騒擾⑥

 仙千代、勝丸、城兵という三人になると、

仙千代は兵から大小を取り上げ、

勝丸に持たせた。


 相手の大小を預けられれば勝丸も、

怒りの矛先を収めざるを得なかった。


 つい先程は頭に血を上げて、

刀身を抜こうとした勝丸だったが、

「敵」の刀を渡されて、

一瞬、驚愕を浮かべたものの、

仙千代の真意を酌み取って、

背後に移り、恭順の態を示した。


 兵が刃をこちらに向けることはないにせよ、

信康の断が下される前に自刃でもされた日には、

下手をすれば勝丸一人が悪者になってしまう。

 織田家と信忠を、

第一に考えねばならない立場であるのに、

安易に感情を剝き出しにした勝丸は、

確かに未熟さを露呈した。

 しかし主を怯者びょうしゃ、無能、

果ては文盲呼ばわりされたのを耳にして、

平然としている近侍も実際、

如何なものかということはあった。


 若さと忠義の心からはやった勝丸を、

これ以上、責める必要はなく、

仙千代は後は信忠任せだとした。


 無言の内に暫しの時が過ぎ、

やって来たのは意外にも、

城主、信康その人だった。


 大名家の嫡男として育てられただけではあり、

駆け寄るような真似こそせぬものの、

顔は真っ赤で、

仙千代に向かって歩を進めつつ、

内心は慌て、

心中が大きく乱れていることが見て取れた。


 「万見殿!」


 信康は仙千代と同齢だった。

間近で見れば少年とも映る面影だった。

 しかし、一国一城の主であり、

信長の娘婿である信康は、

仙千代が頭を垂れるべき存在だった。


 作法に適った態勢で、

信康を迎えた仙千代だった。


 「我が兵が、

義兄あに上の御側近に無礼を働いたとお聞きした」


 勝丸を見遣った後、

その唇が切れ、

頬が紫に腫れ上がっているのを認めると、


 「何と、こやつが!」


 と、城兵の襟を掴んだ。


 その剣幕に信康の近習が加勢して、

兵を動けぬようにした。


 信康の拳が兵を張った。


 「違うのです、

この者は私がやったことなのです」


 仙千代は、

勝丸を負傷させたのは自分だと告げた。


 「むっ!?」


 「酔漢の戯言ざれごとに惑い、

腰の物に手を掛けたのです。

何を騒ぎを大きくするかと腹が立ち、

殴ってやりました。

未だ、殴り足りませぬ」


 仙千代より一つ若い勝丸は、

怒りに任せた振舞を恥じ、

身の置場を失くしてうつむいていた。


 信康は仙千代の言に、

凄まじい痛打を城兵に二度三度加えた。


 仙千代は冷徹な表情で通したが、


 腹を切らせるか首を討つつもりなら、

その殴打は要らぬ……


 と思いつつ、

いや、信康にしてみれば、

織田家の臣下に対する体面なのだと考えた。


 「義兄上の御耳を汚す前に、

こ奴は成敗致します故、どうぞ勘弁下され。

無礼極まる言の一切、

城内での飲酒も含め、許されはせぬ」


 信康は兵の首を刎ねるつもりなのだと、

仙千代に知れた。





 



 






 


 




 

 


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