19. 菜箸問題

意味不明な事を言い出す彼に希と僕は一斉に吹き出した。


「いや、慌てすぎでしょ。」

「肉は僕がひっくり返しておくね。」


僕は颯爽と菜箸を調理器具入れから引き抜き、肉の元へと急いだ。


「よ、よかったぁー……。」


未だ卵の殻が取れていない麗野は安堵の表情を浮かべた。なんでも出来ると評判の麗野律央れいのりおが唯一出来ないのが料理。僕も含め、クラスの皆は麗野の料理下手をただの謙遜だと思っている。


料理の才能は僕に取られたって言ってるけど、実際はどうだか。


そんな平和的な考えに手際よく肉を裏返しにしながら僕は小さく口角を上げた。その幸せはすぐ消えるとも知らずに。窓から隣の家の白い壁が見えた。


あれは……彼女の家だったはずだ。今、どうしているのか。苦しんでいる?いや、こんな事をこんな僕が考えるのもお門違い……やはりお門の麗野に任せるべき?……しかし、麗野はああ言っていたけど、彼女は麗野の事をどう思っているのか。好意の一方的な押し付けはどうなのか。こう言っては悪いが麗野もお門違いなのではないか?


「よっしゃ!取れたー!」


麗野の声でハッと我に帰った。


「あ、あぁ。じゃあ味噌汁にとき卵を流し込むから、その小さいボウルの卵を箸で混ぜて。」


そう言って自身の持っている菜箸を渡した。ありがとー、そう言って麗野が卵に菜箸をつける。


「あ。」

「ん?なんかこれ混ぜにくくね?あ、俺が料理下手だからかー。」


そう言ってケラケラ笑う麗野と対照的に僕は額を押さえた。何やってるんだ僕は。ボーッとしているにも程がある。それは肉用の菜箸じゃないか。牛肉の油分が卵に入ってしまった。


「ごめん、麗野。」

「どうしたの!?そんな暗い顔して!」


僕の今にも泣きそうな顔を見て麗野が目をパチクリさせた。


「箸、渡し間違えちゃった……。」

「なんだ、そんなことか!なんか混ぜにくいなーって思ってたんだよ。」


いや、菜箸だから問題なのではない。視界が徐々に滲む。

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