05. 僕の想いと車内告知
「リュック重っ……。」
その日は重い荷物に加えて、しとしとと雨が降っていた。いつも一緒に下校しているメンバーは部活でおらず、やっと電車に乗れたといっても話す人は誰も居なかった。傘の雫がズボンを濡らし、他の乗客に当たらないかとヒヤヒヤしながらリュックを前がけに持ち替える。
はぁ、雨は嫌いじゃないけど、神経使うなぁ。
ふと、隣の号車の方が空いている事に気がついて僕は内部のドアを開けた。どうしてあんなことになったのだろうか。何でもいいから座って早くこの重いリュックを下ろしたかっただけだったのに。
「……!」
僕は隣の号車に移り、少し進んだ所で足を止めた。そこには、彼女が寒そうに座っていた。ブレザーのおかげか体全体が濡れた訳ではなさそうだが、髪には妖精の粉のように輝く水滴がいくつもついていて、傘なしで走ってきたのだろうと容易に連想できる。
「あ。」
彼女は僕に気がつくと、小さな声を漏らし、やぁ、とでもいうようにゆっくりと手をあげた。しかし、その動作はどこか彼女らしくなかった。僕は何だか心配になって、彼女の近くに移動し、隣に座る一歩手前で急ブレーキをかける。
うわー!?危ねぇー!これで隣に座って「どうしたんだ?(イケヴォ風)」なんて聞いてたらキモすぎる!一生もんの黒歴史確定演出!てか僕みたいな奴に隣に座られたら皆避けて違う所いくレベルだろ!
しかし、彼女は僕を見て、怪訝そうな顔をした。
「ウミ、なんで座らないの?空いてるのに。」
そう言って彼女は自分の右隣の座席をぽふぽふと叩く。
「ア……スワリマス、ハイ。」
何てこったー!!まさかそっちの方から言ってくるなんて!ここでコミュ障を発動して言いなりになる僕も僕だけどさぁ!座らない以外の選択肢が通行止めだよ!?
そんな僕の心とは裏腹に彼女は眉を下げて薄く笑うと、下を向いた。あの彼女が、だ。いつでも笑顔でポジティブ、クラスのムードメーカーで、悩みなんて一瞬で吹き飛ばしそうな話し方。そんな彼女の元気が無いなんて僕には全く想像もつかず、戸惑う。
ま、まさか雨に濡れて風邪でもひいたのか……?
重いリュックをドサリッと床に置いて、僕は彼女の隣に恐る恐る座る。
たまたま隣に座るだけ!別に特別な関係とかそういうんじゃ無いから!知らない人のテキトーな『ご都合勘違い』だけはやめてほしい……
もしスカートを踏んで座ったら……なんて、考えるだけで震えが止まらない。僕は灰色のチェックスカートに気を配りつつ、そっと空気椅子から徐々に座席に体重をかけるように腰を下ろした。生徒が少なかったこともあり、誰も僕の方を見てくる人なんて居なかった。顔が急激に火照ったのが感じられ、慌てて顔を抑える。
何やってるんだ。ずっと僕の事を見ていられる程世界は暇じゃ無いのに。自意識過剰も程々にって感じだよな。
彼女はスマホも見ずにずっと黙っている。
あぁ。こんな時、麗野が居てくれたらなぁ。
麗野とはあの話しかけてくれた時から徐々に仲良くなり、今は親友とも言える立ち位置だ。端正な顔のせいで近寄り難い雰囲気を纏っているが、彼はあの見た目とは裏腹に重度のオタクだった。しかし、僕は考えを改めて苦笑する。
親友の大きさが改めて身に染みた所で悪いが、あれはあれで隣に座りたくは無い。
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