流生

7


「ねえ、眠れないの?」

 姉が僕の頭をでながら優しく言う。


 ―――幼い頃の思い出だ。


 物心がついた頃には、すでに両親はいなくて、膝の悪い祖母と6つ上の姉が僕の世話をしていた。


「昔話をしてあげよう。湖におわす龍神さまの話を―――――」


 姉のする昔話は、いつも龍神さまの話ばかりだった。


 昔、湖には荒くれ者の龍神さまが棲んでいた。

 あちらこちらで水害を起こし、どれだけ生け贄を捧げても治まることはなかったという。

 時代は過ぎて、昭和初期。

 炭鉱の発展と共に、湖が元の大きさから半分の大きさまで埋め立てられてしまった。

 生活用水で湖が汚れてしまったことも相まって、龍神さまが棲みづらいところになってしまった。

 そこで、東北の地からお告げを聞いて、女性の行者ぎょうじゃが湖を清めるために釧路にやって来た。

 彼女は毎日、湖で水行すいぎょうをし、湖を見渡せる場所に祠を建ててやった。

 彼女は、しばらく龍神さまを見守って安心したのか、釧路の地を去って行った。

 あれから、祠は基本的に僕たちの家が代わりに守っていくことになった。

 龍神さまは今でもおとなしく湖を見守っている。


 ―――というのが僕が姉から聞いた昔話の全てだった。


 微睡まどろむ僕に姉は問う。

「龍神さまは、本当にいい神様になったと思う?」


 あの時、僕がなんと答えたのか、姉がどんな気持ちでその問いを口にしたのか、高校生になった今でもわからないままだった。



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