沙織

5


 午後の講義は、眠気を誘う。


 ホワイトボードの前に立つ老講師ろうこうしの優しげな口調が、またさらに眠気を助長じょちょうする。


 もう、すでに8割の学生が眠りこけている。

 席の形が会議室みたいな形をしているから、向かいの人の寝顔がよく見える。

 私は眠気を噛み殺して、講義のレジュメに目を落とす。


 講義は、地域と資料。

 司書養成科目であるが、単位がやばい同じ科の学生もこの講義を取っている。


 今日の内容は、アイヌの口碑伝説こうひでんせつについて。


 ―――――かの民族は、文字を持たない。


 どのようにして今日まで様々な文化を伝えられてきたかについては、短大に入学してから何度も聞いている。


 でも、今日の話はなんだか毛色が違った。


「釧路川の南側の地域に坂道が多い理由を知っていますか?」


 老講師は告げる。


 私は、顔を上げて老講師の方を見つめる。

 窓の外に見える木々が揺れた。


「昔、春採の方を中心に大津波が起こったことがありました。」

 ―――アイヌの言い伝えです。


  老講師は昔話を始める。


 江戸時代、天保と安政の2回、釧路に大きな地震が起こり、その後に津波が来たという。

 津波は春採のチャシを北へ進み、現在、市立病院や工業高校がある方を進み、短大の近くにある町へと流れて行ったそう。

 老講師は、他にも現在坂道になっている釧路の地名を並べていた。


 ――――ちょっと待って。


 私は、持っていたシャープペンで、机をコツコツと鳴らす。


 春採、津波と聞いて、私が思い浮かべたものがひとつあった。


 ――――春採には龍神さまが居る。

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