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「10数年前くらい昔の話、その当時の市長が、仕事で春採湖に来ていたんだって。」

 夕夏ゆうかちゃんは、語り手のように落ち着いた声で話していく。


「湖の周りを歩いている時のことだった。

 突然、強い風が吹いて、湖がさざめいている音が聞こえて振り返ったっけ、何かが走り抜けていく感覚がしたんだって。」

『走り抜ける何か』を表す手振りをする夕夏ちゃんに「それで?」と私は先をうながす。

「そしたっけ、ボシャーン―――って、湖に沈んでいく龍神さまを見たってさ。」

 夕夏ちゃんは『沈んでいく龍神さま』を手振りで表す。


 彼女の揺れるポニーテールがまるで龍神さまの尾のように見えた。


「私も、龍神さまに会ってみたいな……。」

 教室の天井を見つめながら私が呟くと夕夏ちゃんは「いんじゃない?悪い神様じゃなさそうだしさ。」と素っ気なく返した。


 そして、あれから1ヶ月後。

 課題スケッチが終わってからも、私は祠に通い続けた。


 龍神さまの気配は感じずじまい。

 6月が始まろうとしてる風がさわやかに吹く。

 今日も、いつものように鳥居の前で一礼してから、祠の前でもう一度一礼してから手を合わせた。


 そのとき――――


 ビューと突風が吹いて、おさげにした私の長い髪がなびいていく。

 風がおさまり振り返ると、龍の形をした雲が青空に浮かんでいた。


「龍神さま、行っちゃった……。」

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