社長とマルコーヒー

 いつものように店の扉を開ける。今日の看板猫はブリティッシュショートヘアのマルだ。命名理由はただ”丸っこいから”というシンプルイズベストな理由だ。いつもと同じ席に座り、ひざ元に来たマルを持ち上げ机の上でなでる。

 店員から渡されたメニュー表を見て、マルをなでながら両面見渡す。数分眺めた後、店員を呼び、注文をする。

「じゃあ……今日のコーヒーを」

 そう注文し、座った直後から座席の周りに集まってきた猫達を一通りなでる。なで終えると看板猫以外は所定の位置に戻ってゆく。ここの看板猫は接客も兼ねているので基本客からは離れない、しかし商品が来るとそっと場所を開けるので中々どうして賢い。昼過ぎのこの時間に決まって私はこのカフェにコーヒーをたしなみに来る。

「今日のコーヒーのマルコーヒーです。ごゆっくり~」

 店員の運んできたコーヒーは言わずもがな、看板猫が厳選したブレンドコーヒーだ。猫が選んだからと侮るなかれ、しっかりと味に特徴が出る。そのうえ毎回ブレンドされるのが変わるため味にも飽きない完成されたシステムだ。うちの社員にもぜひ見習ってもらいたいところだ……

「ところで社長さん、お仕事は?」

 店員にそう言われあまりにも唐突で的を得た疑問に思わず吹き出しそうになる。それをどうにか抑えて、手にしたコーヒーカップを皿に置いた。

「今は昼休憩だから気にしなくていいさ」

「でもこの前昼休憩は12時から1時間って言ってましたよね?今3時ですけど」

 図星で思わずガクッとなる。そう、ちょっと仕事をサボってここに来たのだ、外回りという名目で。

「き、君には関係ないだろう。しかしこのブレンドはいいな。500でもらえるかい?」

 500グラムのブレンドコーヒー粉を追加で注文する。毎週このやり取りをしているのですぐに物は出てきた。週一で来ているためこれを会社に持ち帰れば1週間は店の味を楽しめるのだ。さて、もう少し猫を構っていたいが、仕事に戻らねばならない。

「紀伊ちゃん、お会計」

「はい、180円です。200円お預かりなので、20円お釣りです。ありがとうございました」

「にゃん!」

 マルが店員のお礼の後に自分も”ありがとうございました”というかのように鳴く。それに後ろ髪をひかれながら会社に戻るのだった。


「あ、社長! どこほっつき歩いてたんすか、取引先から電話来てるっすよ。折り返しといてくださいね! あとこの書類の確認をお願いします。それと会議は明日にしますよ!」

 今のは超仕事のできる部下だ。正直、彼に任せておけば会社がまるまる回るくらいには仕事のできるエリートだ。彼がいるからこそ会社が回っているといっても過言ではない。

「おう、あ、田島。これ土産、社員に淹れといて」

「いつもの所のコーヒーっすね、これ終わったら淹れときます」

 うん、やっぱり優秀だ。優先順位をつけてしっかり仕事をこなしている。何回も助けられてるため、彼には頭が上がらないところもある。

「さて、電話しますか」

 独り言を言いつつ、言われた取引先の番号を入力し、電話をかける。

「お疲れ様です、加藤商事の加藤ですけれども…………」

 こうして会社の夜は更けていく。7時くらいには皆で仕事を切り上げて帰る予定だ。会社には電話のしゃべり声とキーボードをたたく音、そしてマルコーヒーの香りが漂っていた。

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