11周目形本2話「形本0話」
無限の坂で捜索を始めた。門の前で三十分のタイマーをつける。タイマーが鳴るまでひたすら直進する。そして十五分になったら、左か右に直角に曲がって、周囲を照らしながら灯本を捜す。それを何日も繰り返した。
そして、暗闇の中で光を反射するものを見つけた。
慎重に近づいた。
ついに見つけた。
寝袋は閉じていた。糸で縫ったような跡がある。ゆっくりと開けた。
中には私がいた。鏡で見たことがある顔だ。私だった。
触ってみると冷たかった。私が触った部分から肌が黒ずんでいき、その黒い塊が私の腕をつたって、身体を飲み込もうとしている。予想していたことだったので、驚かなかった。ただゆっくりと登ってくる黒い塊を受けいれた。
……。
「形本君、これ。君あてに来てたよ」
帰る支度をしていると、若い男の先生から、何も書かれていない封筒を受け取った。名前はうろ覚えだけど、たしか新聞部の顧問の先生だ。何の用だろう。
「えっ。誰からですか?」
「……さあ。僕の机に置いてあったから中を読んじゃったけど……ごめんね」
中に入っている手紙を読んだ。「仮想市の特集について話したいことがある」という内容だった。
「形本君……行くよね?」
先生の顔はどこか不安げだった。
八月一日午後四時。約束通り砂潟の洞窟へ向かった。
陸と島をつないでいるような細い道を歩いて、洞窟がある島についた。誰か来ている様子はなかった。
洞窟の方にいるのかと思って、奥へ進もうとした。そのとき。
「ウッ」
急に身体中の空気が抜けたように、力が抜けた。
目の前がぼんやりとして、その場に落ちるように倒れた。
「よくやったねえ!」
後ろで誰かの声が聞こえる。
「これで異世界に行けるよお!」
目の前が真っ暗になって。声が遠くなっていった。
……。
「飲んでる……」
うっすらと目の前が明るくなったと同時に、声が聞こえてきた。誰かが歩く音や時計の音が聞こえる。
匂いもする。最後に嗅いだ潮の香りと違って、優しい甘い匂いがする。
身体に力が入らない。ただ何かに包まれているような感触はある。
また徐々に視界がぼんやりとして、真っ暗になった。
気がつくと、また目の前が明るくなった。音と匂いがする。そしてたまに人の声。その繰り返しだった。たまに誰かに触られている感覚や、何か話しかけられているような声もした。ただぼんやりとしていて、寝ているのか起きているのかよくわからない感覚だった。
あるとき、身体のあちこちを触られている感覚がした。そして揺れているような振動もある。視界は暗い。音はくぐもってよくわからない。呼吸も少し苦しい。
一定のリズムで揺れるので、おそらく何かに運ばれているのだと思った。そこでまた気を失った。
気がつくと、揺れは止まっていた。呼吸は通りが良くなったが、真っ暗で、何も聞こえない。
「……来たか」
ただただ何もない。
自分は死んでしまったのだろうか。
死んだ後のことを考えたこともあったけど、実際はこんな感じなのか。
死んでいなかったとしても、生きている感覚がしない。
「ちょっと調べさせてもらうぜ……」
……。
生きているときのことを思い出そうとしても、思い浮かぶのは悲しいことや辛いことばかりだった。
思えば、他人を気にしていることが多かった。「自分らしく生きる」「好きなことで生きていく」なんて「今の自分にはできない」と遠ざけていた。忙しくて、時間がなかった。
そもそも、自分の好きなこととか、将来とかもよくわかっていない。好きなものを自信を持って好きと言いたかった。
「ぼんやりと生きるのも幸せなんじゃないのか?」
……。
そういえば、いつか小説を書きたいと思っていたなあ。色々書いたあのノート、読まれるのは恥ずかしいなあ……。せめてやり遂げたかったなあ……。
「『時間がない』『ネタがない』が頭の中の口癖だな。うん? 『事実は小説より奇なり』ならば、『事実を多くつくることができれば、面白い小説ができる』? 『VHP』ってこれは……。使えるな」
……。
私が死んだとして、誰が悲しむんだろう。たぶん、家族は悲しむだろう。それ以外は……誰も悲しまないんじゃないかな。
「いいんじゃないのか? 家族がいて」
……。
もっと早く……、自分が孤独だってことに気がついていたらな……。孤独を誰かと分け合えたかもしれない……。そう生きたかった……。
「ふん。なるほどな。ただ生き返らせても無駄になりそうだな。それになにか生きることを諦めてる感じもある」
「……いいだろう。今のお前のままで、やりたいことを好きなだけやればいい。生きるのはその後でもいいだろう。時間はあるからな。今思ってること、自分との約束を忘れるなよ……」
ぼんやりと、目の前にぽつぽつと光の点が浮かんだ。目が開いているのかさえわからない。
次第に、光の点が夜空に輝く星に見えた。
……。
たまにふらっと夜空を見たくなる理由がわかったかもしれない。
星は孤独だ。だけどつながっている。見えない力の線でつながっている。
その様子が、まるで人間の関係のように感じる。
星と私がつながっている。
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