10周目形本1話「僕の孤独を聴いてくれ」

 四十九日目

 『最後の日記』

 必ず、いるはずだ。

 家を出る前に日記を読んで書き直した。

 あんなに長かったのに、これだけのページに収まってしまうのが不思議だ。結局、書いたものしか残らないのだろう。

 その日あったことをただ書いているだけだったものが、今の私の手によって物語になったのが、感慨深い。


 一日目

 『はじまり』

 「この日は」というより、この日記を書く前に色々あった。

 まず、無限の坂にもう一度行った。巻紙さんか高枠さんがいると思ったからだ。そして無限の坂に着いたものの、誰もいなかった。

 思い切って鳥居をくぐり、無限の坂に挑んだ。身体が小さくなっていくことは本当だった。暗い闇に押しつぶされそうだった。

 足元が急にデコボコし始めたと思ったら、つまずいてしまった。

 もう思い出したくもない。

 前につまずいたからか、いきなり上空に放り出されたように地面に落ち続けていた。

 真っ暗で何も見えず、落ちていた。

 気がつくと自分の部屋の椅子にいた。しばらく動けなかった。

 何か感情の整理をしようと、新しいノートを取り出して、そのときのことを書き始めた。それが日記のはじまりだった。

 私が寝て起きたとき、いつの間にか部屋に戻っていたとき、それを一日の区切りとした。なにせずっと真夜中だから。


 二日目

 『約束とは』

 この日は目標を考えた日だった。

 今までと違って、誰かが私のところへ来るわけではない。目標を失ってしまった。

 私が書いたノートを読み直した。おそらく、この中にヒントがあるはずだと。

 高枠さんが言っていたことを思い出す。

 「約束を果たす」

 「全員から話を聞く」

だった。「全員から話を聞く」は達成した。だからあとは「約束を果たす」なのだけど……。「約束」が何なのかわからない。たぶん、「約束を思い出す」ことが、次の目標になるのかもしれない。


 考えているうちに、お腹が空いていることに気づいた。今まで忘れていた感覚だった。自由に行き来できるようになったと知っていても、外に出るのは少しとまどう。

 階段を降りて冷蔵庫の中を見た。他にも色々戸棚を調べて、食べ物を探した。探すうちに色々生活を思い出した。

 風呂にも入った。いつの間にか汗が肌に染みついていた。ふとなぜか電気やお湯が使えるのか疑問に思ったが、きっと考えてもしょうがないことなんだろう。

 時計は動いていなかった。

 考えをまとめてから、ベッドに横になった。


 三日目

 『二つの説』

 昨日考えた「約束」について、いくつか説を考えた。

 一つ目『小説を書く』

 私がVHPを始める前、たしかそう思っていた。VHPを始めたもともとの目的は小説を書くことだった。だから小説を書くことで何か変わるのだろうか?


 二つ目『実はまだ全員と話をしていない』

 もしかして、外へ自由に行き来できるようになったのは、「外に誰かいるから」かもしれない。思い当たるのは「園田」「隙戸」「利久比エリ」など。

 違ったとしても、外に出ることは必要かもしれない。


 主にその二つがもっともらしそうだった。それ以外にも色々考えたが、うまくまとまらなかった。というのも、VHPを始める前の記憶がよく思い出せない。家族のことや、昔の記憶、友達や近所の人などそれらは覚えているのだけど、VHPを始める前何をしていたかの記憶がない。いつもどおり普通に学校から帰ってきただけだと思うけど……。

 そうこう考えていると、大きなヒントがあることに気づいた。『江熊先生のノート』だ。もしかしたらそこに、私の約束も書いているのかもしれない。ただ、どこにあるのか……。名前も『江熊』ではないかもしれない。私が『灯本』と呼ばれていたみたいに『江熊』も本名ではないのかもしれない。


 冷蔵庫を開けると、昨日食べたはずの物が残っていた。それ以外にも、家の中の物がいくつか動いているような気がした。

 奇妙な感覚を覚えながら、昨日食べた物と違うものを食べた。

 朝食なのか夕食なのかわからない。時計は十八時十八分のままだ。


 テレビは映らないし電話はつながらないが、インターネットは使えた。ただし、時間が進まないからか新しい情報は流れてこないし、誰かとコミュニケーションすることもできない。私以外に人がいない。

 仮想市やVHPのことについて調べたが、役に立ちそうな情報はまったく見つからなかった。

 明日の準備をして寝た。


 四日目

 『学校へ行こう!』

 冷蔵庫の中は昨日と同じ状態に戻っていた。信じられないが、これが現実なんだろう。あるタイミングですべての物が元の状態に戻る。ただ私の部屋のノートに書いたものや持ち込んだ他の物はそのままだから、私の部屋から外がそうなんだろう。大事な物は部屋から出さないようにしよう。


 江熊先生のノートを探しに学校へ行った。懐中電灯など、色々をリュックに入れて家を出た。

 暗い道を歩いている途中で、明かりのついた家のチャイムを鳴らしてみた。誰も出てこなかった。別の家でも試してみたが、駄目だった。人が誰も居ない。


 学校についた。江熊先生は私の通っている高校の先生らしいけど……。

 扉に鍵はまだされていなかった。暗いし、この時間だといつも鍵がかけられていたような気もしたが、大丈夫で安心した。

 校舎に入ってみると、帰りたいと思うほど不気味な感じだった。いつも人がいる学校に、一人でしかも暗い。誰も居ないし出てこないんだろうけど、それが怖い。

 職員室や新聞部などまわって調べてみた。普段入らない場所にも入ってみた。長い時間学校にいた。だけど何も見つからなかった。


 家に帰る途中にあるコンビニに寄った。明かりはついているけど、もちろん人はいない。誰も居ないのに、陽気な音楽が流れて、エアコンや冷蔵庫が動いているのがもの悲しい。

 誰も居ないのか確かめるために、レジの裏の方まで入ってみた。従業員のロッカーやパソコンが置いてある。「裏はこんなふうになっているのか」と新鮮な気持ちになった。周りの物は何も触らずに戻った。

 お弁当や飲み物を買おうとしたけど、誰にお金を払えばいいのか。とりあえずレジにお金を置いてコンビニを出た。


 家で買ってきた物を食べた。インターネットで情報を調べながら食べた。

 一週間後に私の好きな映画の新作が公開されるらしい。一週間後が来ればの話だけど。


 五日目

 『試行錯誤の日』

 昨日学校に行っても何も手がかりを得られなかった。外に人がいそうな気配は無い。やはり「小説を書く」ことなんだろうか?


 試しに書いてみることにした。昨日の体験を思い出して、テーマは「学校の怪談」で書いた。

 思った以上に時間がかかったけど、なんとか形になった。

 外やVHPを見たが、何も変化はなかった。薄々そうかなとは思っていたけど……。


 たぶん「小説を書く」「他の人を探す」以外のなにかがあるのだろう。それがなにかわかれば……。


 コンビニに行って、別の種類のお弁当を買った。昨日食べた物が昨日と同じ場所に戻っている。現実でも誰が作っているのかわからないけど、食べ物の心配をしなくていいのはありがたいことなのだとしみじみ思う。財布は持ち歩いていたので、中身は元に戻っていない。

「誰も居ないならお金を払わなくても……」

 店の中で誰も居ないのに、周りやカメラを気にしながら頭を下げて店を出た。

 家に帰って食べたご飯は、少し複雑な味がした。

 気分を変えようと、色々動画を観た。ゲームもやってみた。ふと時計を見て十八時十八分から動かないことに、安心するようになってしまった。


 六日目

 『七不思議その一「黒神石」「岡越潮」「大足跡」』

 七不思議を巡ってみることにした。ただ各地に散らばっているので、明日か明後日までかかるだろう。

 まず近い『黒神石』『岡越潮』『大足跡』に行くことにした。

 『黒神石』は最近来たところだから、新鮮味はなかった。暗闇の中でも存在感がある。触ったり暗い中写真を撮って次の場所に行くことにした。

 付近の家に明かりがついている。巻紙さんの家がここらへんにあるのか。もしかしてと思って、最初に目に入った家のチャイムを鳴らしてみた。もちろん反応はない。ドアを引いてみると、すんなり開いた。まさか鍵が開いているとは思わなかった。

 知らない人の家だったし、意外だった。普段ならすぐにドアを閉じて帰るところだけど、今は普通じゃない。入って誰か居るのなら、それでいい。

 私は知らない人の家に入った。

 「おじゃまします」と一応つぶやいて、靴を脱いで上がった。知らない家の匂いがする。


 暗くて外からはよくわからなかったが、最近作られた家みたいだ。新しめの家具が並んでいた。そしてテーブルに置かれた、チラシや食べかけのお菓子の袋が、人が生活していることを感じさせる。おもちゃが床に散らばっているので、小さい子供がいるのだろう。飾ってある写真の赤ちゃんがそうだろう。

 キッチンには刻まれた生肉や野菜があった。どうやら調理中だったらしい。ほんとうに、人間だけが一瞬でいなくなったようだ。

 入ったはいいものの、何か持っていくのは泥棒みたいで気が引ける。特に何も持たずに家を出た。『追沢』さんの家だったらしい。やっぱり知らない人だった。


 その後『岡越潮』『大足跡』に行った。しかし、特に何もなかった。『岡越潮』は一帯の土地のことなので、今は住宅地になっていた。『大足跡』は山の中にあったので、遭難するんじゃないかと思った。

 それよりも、道中の家や店に入ることが興味深く感じた。明かりがついていて、鍵が開いていたら入った。

 家に入るとその生活が見えてくる。ゴミやホコリが玄関にまで広がってい家や、本がいたるところにある家。ペットを飼っているであろう檻や餌がある家や、大きな仏壇がある家。

 気になった家や物は写真を撮った。たまに財布や貯金箱を見つけることがあった。最初は持っていこうか葛藤したが、考えていくうちに、使う場所がないことに気がついた。持っていったところでただの重しになる。その代わりに写真を撮って気持ちを落ち着けた。


 七日目

 『七不思議その二「砂潟の洞窟」「尾無川」』

 気がつくと、自分の部屋で椅子にもたれかかっていた。さっきまで他の人の家にいたのに、それが夢だったかのようだ。おそらく制限時間になったのだろう。冷蔵庫の中も元に戻っている。写真は残っていた。

 帰る手間が省けてよかったが、ある程度時間には気にしておかないと、急に戻されることになるかもしれない。ただ、時間をどうやって測ればいいのかわからないけど。

 

 今日は『砂潟の洞窟』と『尾無川』に行くことにした。

 昨日より遠い場所なので、自転車で暗い道を走る。バイクや自動車に乗れればそれでいいのだけど、持っていない。それに、なぜかバイクや自動車の姿がない。一台も道路にいないのはおかしい気がする。昨日家を見たとき、車がある家はあったけど。


 町の明かりから離れて『砂潟の洞窟』についた。潮の音と匂いがする。懐中電灯で足元を照らしながらゆっくりと見て回った。

 何回か話に出てきた岩のトンネルがあった。この岩壁に隠し扉があるという話だったが、くまなく触ってみても見つからなかった。何かあると思ったが、違ったらしい。

 

 砂潟の洞窟は諦めて『尾無川』に向かった。結果から言うと、何もなかった。主に海へと流れる河口付近を調べたが、ただの川だった。上流へ向かってみようと思い、川沿いの道を進んでいったが、途中で時間が切れた。


 道中入った家で、誰かの誕生日なのか、切られたケーキと様々な料理が並んである家があった。残っているケーキを切って食べた。美味しかった。だけど悲しくなった。誰も居ない誕生日会なんて。


 八日目

 『七不思議その三「岩舟」』

 今日は『岩舟』に行く。今までの七不思議と反対方向にあって遠いのと、あまり行ったことがない場所だったので、後回しにしていた。ただ、あまり期待はしていなかった。

 『岩舟』の近くについた。町から離れているからか、明かりがついた家も少ない気がする。話によれば岩舟は、このあたりの川もしくは海の底に埋まっているという。どこに埋まっているのかわからないし、詳しい場所も紹介されていない。

 懐中電灯を川へ当てると、暗い闇に吸い込まれるようだった。河口に沿って歩いてみた。しばらく歩いても、不思議な声も何も聞こえない。ただ河口沿いを散歩しただけだった。


 川沿いを調べた後、どこか家に入ってみることにした。明かりがついた家を探して、一番近い家へ歩いている途中、懐中電灯で照らした進行方向に、背の高い草が生えた草むらがあった。そこを突っ切るのが近かったので、何も考えず草むらに足を踏み入れた。

 しかし、出した足は地面につかず、私は宙に放り出された。今思えば、草むらに見えたのは、川の岸壁から生えた草だったのだろう。

 私は飛び込むように落ちていった。そして、川底の岩に頭から激突した。


 気がつくと自分の部屋に戻っていた。椅子にもたれかかっていた。

 心臓が速く波打っていた。さっきまでの、落下していく感覚が何度も繰り返された。自分の身に何が起きたのかわからなかったが、普通なら死んでいたことはわかった。しばらく動けなかった。


 九日目

 『絶望』

 七不思議には一通り行ってみた。しかし何もなかった。VHPの中も何も変わっていない。どうしたらいいのかよくわからなくなっていた。

 ずっと暗い外を探索していたからか、疲れていた。思えばこの一週間くらいあまり休んでいなかった。今日は休もう。


 十日目

 『希望のリスト』

 久しぶりにぐっすり寝た気がする。どれくらい寝たのかはわからないけど。

 ただ気持ちはまだ不安定だった。何をすればいいのかわからない。延々とこの暗い世界で生きていくのかと。

 同時に安心感を覚えるようにもなった。時間が進まないから、自分の好きなことができる。寝る時間まであとどれくらいかとか、休日まであとどれくらいなのかなどを心配しなくていい。人がいないので、人目を気にしなくていい。

 もしかすると、これは恵まれたことなのかもしれない。どんなに頑張っても、時間の流れには逆らえない。誰しもいつかは死んでしまう。物も風化していつかはなくなってしまう。だけど私にはそんな心配がない。言ってしまえば不老不死だ。そう考えると、必死になってこの世界から抜けようとすることが、もったいないような気がしてきた。

 もし、不老不死ではなかったとしても、そのときはそのときだ。死ぬのか、元の世界に戻るのかはわからない。それでも、今幸せならばそれでもいいのかとも思う。少なくとも、覚えている限りの私はここまで好きなことができていなかったはずだ。

 考えているうちに気は楽になった。「そこまで焦らなくてもいいのかもしれない」と。そして自分の「やりたいこと」を書き出してみた。思いついたものを書いてみると、また次々にやりたいことが思い浮かんだ。それらを数えてみると百個以上になった。自分のやりたいことをやっているうちに、ひょんなことからこの世界でやることがわかるかもしれない。

 やることで埋まったリストを見ていると、希望が湧いてきた。


 今日は……。日記には書きたくないことをした。気持ちは晴れ晴れだった。


 十一日目

 『映画の日』

 気になっていた映画を観た。インターネットで映画を視聴できるサイトで観た。有料の会員になるためにクレジットカードが必要だったが、前行ったことがある家に財布が置いてあったことを思い出した。そして、暗証番号が書かれたメモが入っていたことも。月額料金なので、お金は引かれないし大丈夫だろう。

 火星に取り残される映画や、冤罪で捕まってしまった主人公が刑務所から抜け出す映画など、連続して六種類は観た。どれも面白かった。財布を取りに行く途中の店で、ポップコーンとコーラを持ってきたのもよかった。


 十二~四十五日目

 『魚釣りの日』

 『アートの日』

 『強盗の日』

 ……。


 私は「やりたいことリスト」を次々と実行した。

 魚がいないのに道具を揃えて魚釣りをしたり、画材を店から持ってきて絵の練習をしたり。本屋にある本を片っ端から読んだり、一日中ゲームをしたりもした。

 覚えている限りの知り合いの家に行って家を物色したり、お酒やタバコを試したり。

 映画の真似をして銀行を荒らしたり、他人家にある衣服を漁ったりもした。


 とにかく、次第におかしくなっていった。


 今考えると「楽しかったが、幸せではなかった」と思う。自分の欲が満たされているはずなのに、何かが足りない。そんな感覚だった。いつの間にか私の部屋は物で溢れていた。ゴミは部屋から出せば勝手に消えた。それ以外の物、例えば他人の財布、漫画全巻セット、他人の衣服が入ったカゴ、猟銃、ギターとアンプ、数々の店の鍵など。


 気がつくと呼吸は浅く息苦しくなっていて、性格は衝動的になっていた気がする。日記の後半になるにつれ書かれた文字数も減っている。

 死んでいないだけで、生きている心地がなかった。


 四十六日目

 『孤独』

 私はバットを持って、町中にあるアパートを荒らしていた。

 明かりがついていない家も無理やり入るようになってから、罪悪感はなくなっていた。鍵がかかっていれば家の窓を割って中に入る。アパートならドアを壊したり、ベランダから入ったりする。

 今日入ったところは一人暮らしが多いアパートだったので、鍵がかかっていることが多い。どこか鍵が開いている部屋から入って、他の部屋にはベランダから入ろうと思った。

 運良く鍵が開いている部屋があった。靴を脱がずに入って電気をつける。以前なら靴を脱いで上がっていたが、もうそんなことはしなくなっていた。

 めぼしいものはなかった。ベランダに出て、薄い仕切りの壁を破り、隣の部屋に入った。

 ベランダの窓を開けると、異臭がした。これまで臭いがきつい家はいくつかあったが、それらとは違う臭いだった。

 あまり臭いを嗅がないように暗い部屋の中に入ると、足裏で何か柔らかいものを踏んだ感触があった。布団だった。だけど、何か硬い芯がある感触もあった。懐中電灯を向けると、布団は膨らんでいる。そして枕元を照らすと、寝ている人の顔があった。

 ただ寝ているのではないことはすぐにわかった。この世界で、生きた生き物は見つからなかった。店に並ぶ生肉や、何かの死骸はある。死んだものしか、生き物はいなかった。だから……。

 私は部屋の電気をつけた。明るさに目がくらむ。窓際にある布団には、白髪のおじいさんが寝ているように死んでいた。

 もしかしたら生きているかと思って、恐る恐る顔を触ってみた。シワがある肌は、冷たく柔らかかった。

 部屋は衣服や空き缶などやゴミが散乱していて、腐った食べ物がテーブルに放置されている。

 ありがちな、家族と思われる写真も飾られていなかった。部屋には鍵がかかっていた。

 おそらく孤独死なんだろう。


 布団で寝ているような顔を見ていると、なぜだか目頭が熱くなり、涙が出てきた。この人と自分が、重なっていると感じた。両手を合わせてしばらく泣いた。

 開いたままのベランダを閉めて、ドアから部屋を出た。暗い道を走って家に帰った。


 四十七日目

 『孤独と孤独』

 帰ってすぐ横になった。あの老人の顔が思い浮かぶたびに泣いた。

 そしていつの間にか寝てしまっていて、のどの渇きで起きた。

 一階に降りて水を飲んだ。冷たい水が身体の中を通る。今までで一番美味しかった。


 気持ちが落ち着いて部屋に戻った。椅子に座って深呼吸をした。

 何か大切なものを取り戻したような気がした。私にはやるべきことがある。

 以前私が書いたノートを開いた。ここに答えがあるはずだ。もっと読み込まなければ。

 そう思って最初のページを開いた。紙の端の文字に目が留まった。

 『VHPを続けて』

 思えば、これは誰の文字なのか。やはり書いた覚えはないし、あの五人の誰かというわけでもなさそうだ。他は……。

 一瞬、身体に電流が走った。

 この話のときに居た人物は『高枠さん』と『灯本継一』。そしてその灯本は……。

 VHPにいる。誰も居ないのにずっとリビングにいる。いったい誰を待っているのか。

 頭の中で色々な記憶がつながっていく。

 高枠さんが言っていた「全員から話を聞く」というのは、私の『灯本継一』も含まれている。

 あの五人は私の部屋に来て、直接会うことができた。そしてVHPからいなくなっている。ただ灯本だけは残り続けている。私の部屋に来ない。いや、来ることができないのだろう。なぜなら灯本は……私だから?

 考えているうちに頭がこんがらがってしまった。ただ、何か正しそうなものを掴んでいる気がした。

「……無限の坂だ」

 ノートを読んで灯本の行動を追った。もし灯本が高枠さんに会っているなら、死体として無限の坂に捨てられたそのときだろう。

「死体……」

 あの老人の顔が浮かんだ。何も語らず、ただ横たわっていた人が、多くのことを教えてくれた。孤独を分け合ってくれた。元の世界に戻ることができたなら、あの部屋に行こう。そして、感謝と別れを伝えたい。


 灯本継一に会いに行く。そのための計画を練った。あの無限の坂に挑む。生半可な装備では駄目だろう。何日もかかるかもしれない。久々に生きている感覚がする。


 四十八日目

 『自分探しの旅』

 準備の日だった。

 登山についての情報を調べて、あちこちから道具を揃えた。ライト、食料、水筒、バックパック、コンパス、ナイフなど。最初に行ったとき、まるで山を登っている感覚だった。だから登山家を参考にするのが間違いないと思った。

 もう一度私のノートを読み直した。特に無限の坂についてを読んだ。おそらく、私の考えは合っているはずだ。無限の坂のどこにいるかはわからないけど、絶対に見つけてみせる。

 待ってろよ、私。

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