9周目2話巻紙6話「わすれなぐさ」
「あなたが形本さん?」
「ええっと……そうです」
巻紙さんは思っていたとおり元気そうな人だった。
「ふふっ。形本さんって、思ってたとおりって感じの人ですねー」
「はい?」
「いえ! 会えて嬉しいです!」
「それで……一緒に行ってくれますよね?」
「『無限の坂』に、ですよね」
「はい!」
家の外は真っ暗だった。月が見えない新月だ。
「ここからだと大体……三十分くらいでつきますかねー?」
「えっと、五国神社にあるんですよね?」
「そうですよー」
「たぶん……それくらいで着くと思います」
「じゃあ、ゆっくり歩いても大丈夫ですねー」
『無限の坂』がある五国神社は、何回か行ったことがある場所だ。だけど夜に行ったことはない。
夜になるだけで、仮想市ではない違う場所に来てしまったような、そんな雰囲気になる。
「その、江熊先生のノートに形本さんのことも書いてあったんですよ」
「えっ! 何が書いてあったの」
「ふふっ。それはちょっと教えられないですねー。……ネタバレはしたくないですからね」
「そうですか……」
「形本さんって、高枠さんに会ったんですよね? 初めて高枠さんと会ったときどんな感じでしたか?」
「高枠さん? うーん。ちょっと怖そうだったかな」
「ふふっ。やっぱりそうですよねー。でも意外と友達思いっていう感じですよね。『チキチキキセル』のときとか」
「チキチキ?」
「あー。なんでもないです!」
「勝又さんにも会ったんですよね?」
「勝又さん……。うん、まあ……。よくわからない人だったかな」
「いつも小細工をしてるっていうか、何が嘘かホントかわからない人でしたよねー。でも本当に転生しているなんて、ビックリですよね」
「転生って、あるのかなあ……」
「ありますよ! 絶対!」
「あっ!」
急に巻紙さんが立ち止まった。
「私、寄りたい場所があるんですけど、いいですか?」
「寄りたい場所って?」
「『黒神石』です。同じ方向ですし、いいですよね?」
巻紙さんがまた元気よく歩き始めた。さっきからおしゃべりが止まらないので、急に立ち止まられるとびっくりしてしまう。
「江熊先生はどうでした?」
「江熊さんは……おとなしい人だったかな。無口というか暗いというか……」
「昔はそうだったんですねー。会ってみたいなあ」
「そういえば、『江熊先生』って……」
「あー。先生になったんですよ。子供の頃色々あったからとか……。たしか形本さんの影響もあったらしいです」
「えっ」
「嬉しそうに言ってましたよー。砦丘公園に一緒に行った話とか」
「あのときの……」
「柔さんは……ふふっ。聞いちゃっても大丈夫ですかね?」
「え? 柔さんは……。怖かったかな。決めつけてくる感じとか、押し付けてくる感じとか」
「ふふっ! そうなんですね!」
柔さんの話になってから、やけに笑っている。
「えっと……どうしたの?」
「いえ! すみません。気にしないでください!」
「それで……私はどんな感じでしたか?」
「巻紙さんは……」
「正直に言っていいですよ!」
「うん。やっぱり元気かなって。あと仮想市が好きなんだなあって思うかな」
「おー。悪くなくてよかったです」
「あっ、でも純粋すぎるかなって思う部分もあったかなあ。勝又さんの話を信じてそうなところとか」
「うっ。それは勝又さんが……」
「いやいや、それも良いところなんだけどね!」
「そうなんですかー?」
「そうそう」
「あっ!」
話しているうちに、黒神石がある公園に着いた。街灯で照らされているが、公園の中は暗い。
巻紙さんが黒神石に近寄る。さっきとはうってかわって静かだ。
「……私ここで生まれたんですよね」
「……はい」
「それも利久比エリさんから……」
巻紙さんの顔は見えない。ただ、背中が大きく動いて、深い呼吸の音が聞こえてくる。
「ふう……」
「じゃあ行きましょう!」
「もういいんですか?」
「はい! これからわかることですしね!」
また無限の坂に向けて歩き出した。巻紙さんが、さっきより元気になっているような気がする。
「私の友達で知池ちゃんっていて……」
「実はこの家の地下には金塊があって……」
「この道ってたしか江熊さんが通ったとこですよね……」
巻紙さんとのおしゃべりは止まらなかった。そして、いつの間にか、『無限の坂』の鳥居の前まで着いてしまった。
「着きましたね……」
巻紙さんが鳥居を見上げている。
「この先に高枠さんが……」
道の先は真っ暗で、とても一人では行きたくない道だ。
「形本さん、ありがとうございます」
「形本さんと話せて本当によかったです! だって本当なら、できないですもんね……」
「巻紙さん……」
「私、わかってるんです。今の本物の人は形本さんで、私は消えるっていうの……」
「でも……、形本さんと話せて、形本さんの中に今の私が生きているなら……それでいいかなって」
「……巻紙さん。会えてよかったです」
「ふふっ。私もですよ!」
会話が途切れて、巻紙さんは鳥居の下へゆっくり進んで行く。
そして鳥居の真下で振り返った。
「ぜっったいに忘れないでくださいよーー!」
大きく手を振っている。
「ぜっっったいに忘れませんから!」
私も思い切り手を振る。
「未来で待ってますからーー!!」
「未来で会いに行きますからーー!!」
「ふふっ」と笑った声がして、巻紙さんは無限の坂の方へ向いた。
そして背中が動いて、深く息をした後、無限の坂へ歩き出した。
暗闇の中へ消えていくように、巻紙さんの姿はなくなってしまった。
「……あれ」
いつの間にか、椅子にもたれかかって寝ていた。
私の部屋だ。
外は暗い。十八時十八分だ。
VHPには私以外誰もいない。
「これで……」
部屋は何も変わった様子はない。ただ、高枠さんたちが持ってきた物が無くなっている。
ドアに手をかけた。
二階の廊下は暗くひんやりとしている。
ゆっくりと前に一歩踏み出した。
「……」
私は廊下に立っている。前と違い、自分の部屋に戻っていなかった。
「これで……終わり?」
そう口にしたが、そうだとは思えなかった。やけに静かすぎる。今までと同じく。
家の外に出る。やはり静かだ。
道路に出てみても、歩いている人や自動車が走っている気配がない。
家に帰り、自分の部屋に戻った。つけっぱなしのパソコンは、さっきと同じ画面を表示している。
信じたくない気持ちを抑えて、時計を見た。
十八時十八分だった。
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