7周目2話巻紙4話「ビンの中の記憶-仮想市七不思議『尾無川』『岩舟』」

「私……とっても不思議な物を持ってきたんですよ!」


 そう言うと、巻紙さんは透明な細長いビンを取り出した。ワインやジュースなどの飲み物が入っていたような、中型のビンだ。コルクの栓で止められており、中には薄茶色の丸まった長い紙が入ってる。


「これは……メッセージボトルですか?」

「そうです! 最近拾いました! だけど……」


 そう言って巻紙さんはビンと栓を掴んで引っ張った。


「ぐぎぎぎぎ……」


「……っぱふぁ!」


 ビンは開かなかった。

「これが絶対に開かないんですよ! やってみてください!」

 僕はビンを手渡された。思ったより軽い。ビンの胴とコルクの栓をしっかり持って、思いっきり引っ張った。


「ふんんん!!」


「……はぁっ!」


 開かなかった。

 接着されているわけでもなさそうなのに。気圧の問題だろうか?


「ねえ、開かないですよねえ。紙は丸まっているからよく見えないですし」

「それでいっそのこと割ろうと思ったんですけど……なんと『絶対に割れない』のです!」


「本当ですか?」

「はい。私の父さんとかにも頼んでみたのですけどダメでした。ハンマーとか温めてみるとかやってみたんですけど全然ダメで……」


「それで、一番不思議なのが『治る』んですよ!」


「治る?」

「その、割ろうとしたときにヒビが入ったんです。ですがすぐにその『ヒビが無くなった』というか……。『元々ヒビが入っていなかったようになった』んです」


 ビンをもう一度見てみても、何も変わったところがない。だけど、たしかに色々手が加えられたにしてはキレイすぎる。よく見ても細かい傷すらない。


「たしかに新品みたいにキレイですね……。試してみてもいいですか?」

「えっと、いいですよ」


 僕はテーブルの縁にビンを軽くぶつけてみた。「ゴンッ」と重い音がした。

 しかし、たしかにビンに傷はついていない。これ以上強くするとテーブルの方が傷つきそうだ。

「そんなんじゃダメですよお」

 巻紙さんが笑っていた。


「それで……そう! 私がこれを拾った場所なんですけど、これがまた不思議な場所で……どこだと思います?」


「なんと……『尾無川』なんです!」


「『尾無川』?」

「知りませんか? 仮想市の川で、七不思議の一つでもある場所です。私はまあ……個人的に調べていることがあって、それでたまたま見つけたんです」

「今年の夏に見つけたんですけど……。開かないのでどうしようもないんですよね」


「どうですか? 開けられませんかね?」

 巻紙さんは他の人を見て言った。


「では僕が……」


 江熊さんがビンに手を伸ばした。

 触れた瞬間「ジュッ」と音がした。

 そして栓をつまむとするりと抜けてしまった。


「「ええっ!」」


 思わず声を出してしまった。絶対に開かないと話をしていたのが、嘘のように抜けた。


「そんなあ! なんでっ!?」

「す……スゴいですね!」


「まあ……はい」

 江熊さんは微妙な笑みを浮かべた。


「何かコツがあるんですか?」

「いえ……その……」

 何か言いにくいことがあるような雰囲気だった。


「僕たぶんこれを……昔『見たことがある』……気がします」


「えっ! 昔って……」

「それが……うーん。僕がまだ小さいときで……覚えていないわけではないんですけど……曖昧でして」


「とりあえず手紙を見ましょう!」

「ええ、そうですね」

 ビンを振って狭いビンの口から中の手紙を取り出して、テーブルに置いた。手紙は丸まったままだ。


「巻紙さん? 先に見てください……。巻紙さんの物ですし」

「え! ありがと!」

 巻紙さんが身を乗り出して紙を手にとった。広げてみると、両手に収まるサイズだった。


「どれどれ……これはっ!」


 巻紙さんの顔が一瞬にして驚いた顔になって固まった。


(何が書いてあるんだ……)

 僕はつばを飲んだ。


「……何も書いてない! ははは!」


「えっ。見せてもらってもいいですか」

「はいどうぞ」

 僕は丸まった手紙をもらって広げてみた。そこには何も書かれていなかった。


「本当に白紙ですね……」

「でしょ? なあんだ……何もなかったんだ……」

「僕にも見せてもらっていいですか?」

「はい」

 江熊さんに手紙を渡した。


「これはっ!」


 江熊さんが驚いている。

「ね、何も無かったんだねー」

 巻紙さんの言葉に、返事をしなかった。目を動かしている。まるで読んでいるようだった。


「……江熊さん?」

「あっ、いえ……すみません」

 一瞬顔を上げてこちらを見たが、また手紙の方を向いた。

「その、どうしたんですか?」

 手紙をテーブルに置いて、僕の方を見た。

「これは……。僕には読めるんです……」

「読めるって?」

「はい……。これは実は特殊なインクで書かれていて……特定の人にしか見えないんです」

「ええええ! なにそれー!」

「特定の人っていうのが……」


 江熊さんは黙ってしまった。

「……その。これは僕が話そうと思っていたことなので……。あとでゆっくり話しますので……この紙にかかれていることを読みますね」


 『同志へ』

 これが読まれているとき、私はもうこの世を去っているだろう。もしかすると生きているかもしれない。それすらわからないほど追い詰められている状況だということをわかってほしい。


 そして、そんなときに何を伝えればいいのか私にはわからない。人生の教訓? 世界の絶対的な法則? 秘密の財産へのパスワード? それを書いてどうするんだ。


 この文章は私を待っている。生き延びて未来で読まれるのを待っている。私を待つ存在がいる。私は孤独ではなくなった。


 これは希望のために書いている。絶対に生き延びてみせる。船内に潜む悪魔に打ち勝つ。一人でも多くの命を救うために。


 ゼニヤッタ・モンダッタ

 目的地まであと十八光年



「……ということでした」

「はあ……」

 江熊さんが冗談を言っているようには見えなかった。それに思いつきでこんな話はできないだろう。


「うーん。意味わからない……」

 巻紙さんは唇を触って困った顔をしている。

「……読んでいる僕もよくわからないです」

「それで、なんで読めるの?」

「それは……」


 江熊さんが手紙をテーブルにそっと置いた。そしてうつむいて目を覆い隠してしまった。


「それは?」


「それは……」


 空気が固まったように静かになった。そんなに言いにくいことなのだろうか。


「あー。言えないことなら大丈夫ですよー」

 巻紙さんが顔をかしげながら言った。返事はない。


「……すみません。でも言います……言っても大丈夫……。そう思うから話します」


 江熊さんの身体がまっすぐ起き上がった。真剣な顔になっている。



 みなさんは『岩舟』というものをご存知でしょうか?


「あっ。『岩舟』ねー。七不思議の一つでしょ?」


 そうです。昔漂着した舟が岩になったと言われているものです。今は潮の流れにより埋まってしまっているらしいのですが……。そこで……僕は不思議な体験をしたんです。


 家族と出かけるときに岩舟の近くの橋を通ることがあるのですが、そこを通るたびに声が聞こえるのです。


 何と言っているのかはわからないのですが、男性とも女性とも言えない声が頭に流れ込んでくるのです。しかし、家族は誰も「聞こえていない」と言うので……。


 不思議に思って一人でそこに行ってみたんです。遠いので短い時間しか調べられませんでしたけど……。

 それで『岩舟に近づくほどその声は大きくなっている』……わかったのはそれだけでした。


 巻紙さんの話を聞くまで……僕はこのことを忘れていたのですが……。きっと関係があると思うのです。

 僕が……宇宙人であるということとも……。


「巻紙さん?」

「はい?」

「拾ってくれてありがとうございます」

「え?」


「巻紙さんがこのビンを拾ってくれたおかげで、僕は……過去の取っ掛かりを掴めたような気がします……」

「そう、なの? まあ、よかったならよかった!」

「ええ。ありがとうございます」

「私もそういうのが見つかればいいんだけど……」

「はい?」

「ううん! なんでもない!」

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