7周目1話柔4話「探している私の弟」

「あなた、私の弟見ていない?」

「えっと、名前は何でしょうか?」

「そう……名前は『優』っていうの。十五歳。同じ高校で」

「うーん。知らないですね」

「あなたなら知っていると思ってたのにね」


「えっ?」

「ううん。こっちの話」

「そうね……。でも話しているうちに思い出すかも知れない。だから弟について教えてあげる。思い出したら言ってね?」


 まず、優は高校一年。あなたは二年生だから、まあ知らないのはしょうがないわね。


 それで……、優は失踪しているの、最近ね。だから探しているの。関係がある人に話を聞いて。


 優が消えたのは今年の八月八日。夜になっても帰らなくて……。後からわかったんだけど、最後に目撃されたのが『黒神石の近く』だったって。何の用があったのかはわからないけど……。


 優は普通の子だったんだけど、一人で思い悩むことが多くて、暗いといえば暗い性格だった。部活には入ってなかったけど、友達はいた気がする。


「どう? 何か心当たりある?」

「いえ……、わかりません」


「そう……。じゃあアレを……」

 そう言うと、柔さんは白い横長の四角い封筒を取り出した。そして机に置いて、僕の前に差し出した。

「読んでみて?」

「はい……」


 封筒には何も書かれていない。

 僕は封筒を開いた。中には紙が折られて入っている。手紙だろう。

 手書きで書かれている。読めないほどじゃないけど、個性的な字だ。少ない文字数で、余白が目立つ。

(なになに……)



 『新聞部の灯本さんへ』


 仮想市の特集の件について、匿名で話したいことがあります。

 八月一日の午後四時に砂潟の洞窟にて待っています。



(僕? こんな手紙もらったこと無いけど……)

 裏返して見ても、それ以上のことは書かれていなかった。

「どう? 思い出した?」

「やっぱりわかりませんね……。これも初めて読みましたし」

 柔はため息をついた。

「そう……でも……」


 何か言いにくそうなことがあるようだった。

「それにはあなたの名前が書いてあるじゃない? そして八月一日は……」

「いえ、いいわ。弟の話に戻りましょう」

「えっ、はい……」


 優は夢見がち……っていうのかしら、よく「異世界に行きたい」とか言っていたわ。人のことを言えたものじゃないけど、よくわからない物を集めていたり、オカルトとかファンタジーとかからそういう情報を集めたりしていた。


 それである日、

「姉ちゃん『揚羽町赤瀬潮三六二四の三六』って知ってる?」

 って聞いてきたの。

 「知らない」って言ったけど、優はそれからやたら『揚羽町』について調べていた。

 私も少し調べてみたけどそんな場所どこにもなかったし、名前さえ出てこなかった。いったいどこから聞いたのかしら?


 優は『揚羽町』に執着しているようだったわ。性格も『極端になった』と言えばいいのかしら。明るく上機嫌かと思ったら、顔が真っ青になって部屋から出てこなくなって……。思春期にありがちなことなのかもしれないし、あんまりこういうことを考えたくはなかったけど……精神的な病気なんじゃないかとも思ったわ。


「揚羽町がどうしたの?」

 優が上機嫌なとき聞いてみたの。


「ああ! 今『揚羽町』って言った!? 揚羽町には古代から眠る孤独の支配者がいてこの仮想市のどこかに揚羽町に通じる道があるはずなんだけどそれが七不思議に……」


 こんな感じで早口で言うものだから、よく覚えていない。ほんと怖かった。まさかとは思ったけど「危険なクスリでも使っているんじゃないか」って思ったほどにね。


「それで『揚羽町』については何か知ってる?」

「すみません……わかりません」

 柔さんは目を閉じてため息を細くついたあと、僕をじっと見つめた。


「……。実はね、優はあなたと会った八月一日くらいから……性格が元に戻ったの。私はあなたが『揚羽町』について何か知っているんじゃないかと思ってね。優がこんな手紙を出すのだから何か知っているんじゃないの?」


(そんなこと言われても……)

 僕は八月一日のことを思い出そうとした。けれど、その日何か特別なことがあったような記憶はない。砂潟の洞窟に行って誰かと会った? 柔さんの弟にも会ったことがないし顔すらもわからない。


「やっぱりわからないです。弟さんからの手紙も初めて見ましたし、何か人違いなのでは……」


「本当に何も知らない?」


「……はい」


「……そう。わかった」

「あなた、揚羽町に行ったのね?」


「えっ?」


「優から聞いたの。揚羽町には何があるか……。『どこからか声が聞こえる』って言って支離滅裂だったけど、何度も繰り返していたのが『異世界に行ける』ということだったの」


「だからきっと今は揚羽町にいる。それでいつか、帰ってくる。一回り成長して……生きて帰ってくる」


「あなたはきっと忘れているの。揚羽町がそうさせたのかもしれない……」



「柔さん……」

 顔がうつむいて、声は震えていた。どう声をかけたらいいのかわからない。


「……優の……話をもっと聞いておけばよかった……。私にはもう未来を待つことしかできないの……」

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