6周目5話勝又6話「狂言回し-負けなきゃいけないって事をわかってないね」

 私は部屋のドアを見た。

(もしかして……)

 コンコン

 ドアからノックがする。

 私はドアを開けた。

 「ッ!! キミ……。なんでここに……。生きている……」


 『勝又勇』が目の前にいた。


「キミ……形本くんかい?」

 二メートルありそうな背に、黒色のコート。まさしく『勝又勇』が目の前にいた。実際見るとどこの国の人とも言えない顔だけど、親近感がある不思議な顔だ。

「……そうです。形本灯道です」

「高枠くんから聞いているよ……。話したいことがある……」

 勝又さんの後をついていく。


「うーーん! 夜はイイ! 夜が無いところもあったからねー。ボクは夜型だし」

 声も大きい人だ。夜空に向かって伸びをしている。

「行こう。一九九九年の仮想市に」

「えっ」


 今は二○二一年だ。あたりを見回すが、夜なのでよくわからない……。


「あれっ!?」


 家がない! 今さっきまでいた家が! 砂利だらけの空き地になっている!


「そうか、キミはここに住むことになるのか」

 勝又さんがアゴを触ってニヤニヤしている。

「その、一九九九年って!」

「ハハッ! やっとわかってくれたかなあ。『昔の仮想市』ってことだよ。キミが生まれる前の……ボクが仮想市に来たときの年さ」


「それで……高枠くんに言われているんだけどねえ。『形本灯道と自分との関係について話せ』って。でもボクたちはスワンプマンらしいじゃないか。どこかにいるボクたちは今のボクたちを知っているのか知らないのか……。そして主人公は形本くん。ボクは脇役……狂言回しってわけだ。きっと用済みになったら……」


「高枠くんはこんなことも言っていたなあ。『話すためなら好きにしていい』ってね。作られた世界で、作られたボクたち……。でもキミは本物さ。本物の本物さ。キミの物語だからね……」



 勝又さんは両手を大きく広げて息を大きく吸った。身体が大きな暗闇に見える。

「形本くん、キミをちょっとだけ試したいんだ。ほんのちょっとだけ、ね!」


「試したい……?」

「ハハッ! 簡単さ! ボクに触れることができれば話してあげるよ! そうだなあ、頭と両手のどれかを一瞬だけ触れることができればいい。さらに特別に……ボクは避けることしかしない! 本気を出したら一生見つからない世界に行けるしね! ……簡単でしょ?」

 ニヤニヤと笑っている。暗いのに顔と手がよくわかる。なんだか、自分を引っかけようとする気が感じられて嫌な雰囲気だ。


「いいですよ」


「じゃあ、どこからでもどうぞお」

 勝又さんとの距離は近い。今さっきまで話していたからだ。大きく足を出して、手を伸ばせば頭にも手にも届く。


 私は勝又さんの左手に向けて素早く右手を伸ばした。ぬるっと流れるように左手は上に遠ざかった。


「……本気じゃないでしょ」

 勝又さんがアゴを出して見下ろしている。

 私は左手で顔を触ろうと手を払った。しかし、顔が浮いたように後ろに引いて避けられた。

 両手を使って顔と手を追うが、一向に届かない。


「……あのねえ、こんなんじゃ日が昇っちゃうよ」

 頭と腕を動かしながら、つまらなそうな声でそう言った。


「えっ、日が昇るって……」

「知らないの? 夜が明ける。そう、制限時間さ! キミはボクから話を聞けないまま。その後どうなるかはわからないけどね!」


 ゾッとした。もし日が昇る前に触れることができなければ、どうなるのかということを想像したからだ。永遠にあの部屋にいることになるのだろうか?


 私は闇雲に振っていた両手を止めて、三歩小さく後ろに下がった。


 ……私はこの人から話を聞かないといけない。私がこの無限に続きそうな空間から抜け出すには、受け身では駄目だ。


「……わかりました」


「ハハッ! いつでもいいよお」

 アゴを引いてニヤついている。


 …………。


(一撃で決める。)


 …………ッ!!


 私は地面を蹴り、肩を前に跳びかかった。



「えっ!」


 身体に体当たりをしたはずだった。

 しかし、手応えがない。身体をすり抜けたようだった。


「うわあっ!」


 なんとか倒れる前に手がついた。砂利が手に食い込む。


「ハハッ! その調子さ! でももっといけるだろう?」


 私は立ち上がり、勝又の身体をよく見た。黒いコートを着ている。手と顔以外はすべて黒色だ。


(おかしいな……)


 私は今度は両手を出して跳んだ。手が腹の上あたりを触れた。と思ったが、感触はない。


「よっと」


 顔と手が私を通り過ぎた。


(もしかして……顔と手以外無い!?)


 この手応えの無さはそうとしか思えない。つながっているように見えるのは、目の錯覚なのか。


(どうする……)


 私の運動神経は普通くらいだ。勝又さんはそれ以上だろう。日の出まで動き続ければ、疲れて捕まえられるチャンスが来る?

 それじゃあダメだ。私の方が動けなくなる。直接対決じゃあダメなんだ。何か別の手を……。


「もう動けないのかあい?」


「……勝又さん。お願いしてもいいですか?」


「うん? なんだい?」


 私はそばに落ちていた鉄の棒を拾った。物干し竿として使われているものだろう。意外と軽い。そして私が両手を広げた以上の長さがある。


「これを……、この棒を使って触れることができても……私の勝ちってことでお願いできませんか?」


「うーん、いいよお!」


 ニッコリと笑っている。私は棒の端を持って勝又さんの顔に先を向けた。


「ふんッ!」


 顔に向けて突く!


 しかし頭を最小限傾けてかわされる。


 棒を払って頭に当てようとする。


 しかし頭が上下左右ぬるぬると動いて当たらない。


 腕や身体にも棒は当たっているはずなのに、何も感じない。やはり頭と両手以外無いんだ、この人は。

 棒を払ったり突いたり、何度狙っても当たらない。


「ほらほらほら! そんなんじゃ当たらないよ!」


 余裕そうな声だ。私は慣れないことをしているので、息が切れていた。


「ハァ……、ハァ……。ウッ……」


「ハハッ! もうすぐで一時間だよ。あと五時間以内になんとかしなきゃねえ」

「あっ、でも話す時間もあるからやっぱり四時間だねえ」


(どうする……)


 暗闇の中、ふわふわと浮く三つの身体のどれか。どれかに当てることができれば……。

 私はその場にしゃがんだ。そして地面に手をつけた。


「もうバテちゃったのかい?」

「いえ……」


 冷たい砂利を握りしめ、思い切り投げる!


(どれか当たってくれ!)


 勝又さんの頭と手が人間離れした速さで動く。そして砂利はパラパラと音をたてて落ちた。


「……ダメじゃないか。さっきは聞いたのに……」


 怒ったような声だった。口角が下がっている。


「いいかい? 不意打ちはけっこうだけど、さっきのはルールにないことだよ? 『物を投げて当たった場合でも、私の勝ちでいいですか?』とか聞かないと」


「……すみません」


「まあいいよ。どうせ当たらないしねえ」

 いつもの顔に戻った。


(どうする……?)


 道具を使っても当てることができない。人間じゃない速さと動き。今の方法じゃ駄目だ……。だけど他に何を?



 そもそも、無理なんじゃないか?

 勝又さんは自分が得意なことで勝負を仕掛けてきたはずだ。

 だからたぶん……勝てない。


(じゃあどうする?)


 ……勝負を変える必要がある。

 ルールを変えることができれば。自分が有利な状況にできれば……。




「勝又さん。お願いです。ルールを変えてほしいのですが……」


「うん? なんだい?」


「その……。じゃんけんで決めるのはどうですか?」

「じゃんけん? いいよ」

「ありがとうございます……」


 ダメ元で言ってみたけど、通してくれるとは思わなかった。じゃんけんなら勝てるかもしれない。

 勝又さんに近づく。手を素早く伸ばせば手に触れられそうだけど、きっとかわされる。


「では……。最初は!」


「「グー!!」」


「「じゃんけんッ!」」



「ハハッ! ボクの勝ちだ!」


(負けたッ!)


「フフフ……。運で勝てると思ったのかい? それとももう一回やるかい? だけど無駄だよ。何度やってもボクが勝つ」


「……もう一回!」


「いいよお」


 その後三十回以上やったけど、一度も勝てなかった。勝又さんの言った通りだった。


「なんでそんなに勝てるんですか!?」

「ハハッ! じゃんけんも最終的には身体なのさ。ボクがどれだけゆっくりとキミの手の動きを見ているか、キミにはわからないだろうねえ!」


(……どうしよう)


 おそらく、勝負では勝てない。挑むだけ時間の無駄なような気がしてしまう。心臓の鼓動がいつの間にか激しく聴こえる。どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい?


「ハハッ! 『どうすればいい?』って考えているねえ。まあしょうがないか」

 考えを見透かされている。どこなら、どこなら勝てるんだ?



「……勝又さん」


「なんだい?」


「私はどうすればいいんでしょうか?」



 どうしたらいいかわからなくなった。正直に、思っていることを聞いた。


「そうだなあ……」

 アゴを触りながら遠くを見ている。何か考えている。


「年寄りの説教に聞こえるかもしれないけど……いいかい?」



「キミ、『勝ったことがない』のだろう? 努力といえる努力もせず、誰かが優秀な成績を収めているところを、座って見ている。そして、それを称賛しない。心の底で『そんなことで……』なんて思っているんだ」


「そして『負けたこともない』。勝つために勝負に出ると負けるときもある。ただ、勝つためには負けも必要なんだ。毎回勝つと思って挑み、何度も何度も負けて強くなる。……だけどここで勘違いしちゃいけないのが、『負けてもいい勝負なんてない』ことだよ。負けても取り返しがつくこともある。だけど『負けてもいい』なんて、勝負をしないほうがマシまである」


「キミは……経験不足だ。勝ちも負けも避ける。そんなのでいざっていうときに、最後のここぞっていうときに勝ちたいなんて、わかってないよ……」


「そんな……」


「だから……、キミにとって本当の……最後の『勝ち』ってなんだい? それを考えるんだ。そして何度も負けるんだ。そして最後に勝てば、それでいい」


「最後の勝ち……」


 私にとって最後の勝ち……。


 それは『ここから抜け出す』ことだ。

 そのために『全員から話を聞く』必要がある。今の勝ち負けは一つの手段でしかない……。

 ......。



「勝又さん。話を聞かせてください。お願いします!」


 僕は頭を下げた。


「うーん。ボクとの勝負はどうなったのかな?」


「私には……、勝又さんには勝てません! だから……、話を聞くためなら何でもやります! お願いします!」


「ん? 今何でもって言ったよね?」


「じゃあ自分の爪を剥がしたり、骨を折ったりすることもできるよね?」



「……できます」



「十人くらいにボコボコにされることも、裸で辱められることも?」


「……何でもやります。だから……話を聞かせてください」



 両手を固く握った。これは、私との勝負だ。私が負けるための、私が最後に勝つための。




「……顔を上げてくれないかい?」


 私は顔を上げ、勝又さんの顔を見た。

 はちきれ泣きそうで、喉が締め付けられているように呼吸ができない。




「……いいよ。話してあげるよ。だけど何でもするって言ったよね?」

「……はい」

「じゃあ……。『人間関係は勝ち負けじゃないことを知る』ことだ。全ての人の話をよく聞いて、その人の心を否定しないこと……。簡単そうに見えて、とても難しいことさ……。ボクは……、それができなかった……」


「ハハッ……ボクに痛めつける趣味とかないからね! 助かったねえ!」

 いつもどおりニヤニヤと笑っている。


「……ありがとうございますっ!」


 私は負けた。

 だけど最後の勝負じゃなかったから助かった。最後の最後に勝つために、私は何度も何度も負ける。その覚悟がある。空も今は暗闇だけど、いつかは日が昇るときがくる。それを希望で迎えたい……。




 勝又さんは両手を大きく広げて息を大きく吸った。身体が大きな暗闇に見える。そして、右手を私に差し出してきた。

「ボクと握手をしてくれないかい?」


「えっ、はい……」

 僕は勝又さんの大きな手をおそるおそる握った。

 勝又さんの顔が今まで見たことがない真剣な顔になった。右手が強く握られる。


「キミにはボクになってもらう……」


「えっ!」


 勝又さんの手がドロリと柔らかくなった。肌だったはずのところが真っ黒な液体に変わり、私の右手にまとわりつく。顔も黒ずんでいき、地面に溶けるように流れていく。


「うっ、うわあっ!」

 振り払おうとしても、黒い塊は手から離れない。むしろ、黒い塊は私の腕を登ってくる。左手で払おうとしても避けられる。私の右腕から登り、顔まで到達した……。




 ボクの名前は『サン・ジャイル』。

 もしくは『勝又勇』『園田浩二』などなど……。異世界を旅する中で名前は増えていった。さすがに覚えきれないけれど、漏らさず記録をしているから思い出せないことはない。

 だけど一つだけ思い出せないことがある。記録には細かく書かれていない。ただわかることは……『柔優』という名前だけだ。それ以外の情報は消えてしまっている。


 世界を移動する中で、ボクの行動がその世界の歴史や他の世界に影響することがある。その世界の偉人が、思い返せばボクがしたことだった……なんてこともある。そういうのはしょうがない。どうしようもできない。

 ただボクが事件の原因になるのは避けたい。開いたポータルから、悪魔や異世界人が流れ込んで戦争になったこともある。あれは悪いことをしたなあ……。


 仮想市……。

ボクはなぜだかこの場所に強いつながりがある気がする……。もしかすると『柔優』が何か関係しているのかもしれない。何も覚えていないけど。


 最後に仮想市に来たとき……。

 たしか直接行こうと思って世界を移動してきたわけじゃなかった。同じ世界の別の惑星に来たんだ。現地の言葉で『メアクルパ』って言ってたね。地球とそっくりな惑星さ。


 ボクは若いエンジニアとして転生した。使命は惑星からの脱出、そして他惑星への移住。惑星としての寿命が近い危機的状況だったからねえ。

 ボクは過去の経験を活かして移住候補の惑星の調査、星間高速飛行船の作成、あと原住民の説得とかその他問題を解決していった。何年もかかっていたから、四十歳後半くらいになっていたかな。


 そして、初めて有人で調査に行くことになった。これが成功したら、その惑星の人々が続々と宇宙船に乗り、移住する手はずだった。


 目的地は……『地球』さ。メアクルパから地球まで約三十九光年。あれは運命を感じたよ。


 ボクたちは船に乗った。乗組員は二十二人。速度を重視してその規模だったんだ。ボクとメアクルパの学者や整備士たちがいた。


 ただ……。トラブルがあった。


 原因はボクだ。ボクを追う悪魔が、乗組員の何人かの精神に手をかけたんだ。それで船内で殺人事件があった。「船内にいる殺人鬼を追放しよう」ということになって、眠れない夜が続いたね……。最終的にボク以外は追放されたか殺されたかでいなくなってしまった。ボクは独りになってしまった。


 メアクルパに戻ることも、連絡をとることもできなかった。船には数々の破壊工作の跡があったからだ。宇宙を進んでいるのも奇跡に近かった。


 その独りになった船内で、ボクはあるものを見つけた。貨物室に『赤ちゃん』がいたんだ。誰かが隠したんだろう。腕で抱えられるほどの生命維持ポッドの中に入っていた。ぐっすり眠っていた。

 ボクは思った。地球に降り、地球で船を直してメアクルパに戻ろう。何年……いや何十年もかかるかもしれなかったけど……。自分やこの子を待つ人がいるのだと思うと、やるしかなかった。


 ただ、それは叶わなかった。


 降り立つ最後の最後で船が耐えきれなくなって壊れてしまった。海に落ちて、気がついたら寒い砂浜にいた。船やその残骸は見当たらなかった。あの子も……。ボクは自分の無力さに押しつぶされそうだった。


 実はボクが流れ着いた場所。それがここ、仮想市だったんだ。『砂潟の洞窟』と呼ばれている場所にボクは住んだ。洞窟に住むのは慣れていたからね。なんとか生きていられた。ただ、目標がはるか遠くになってしまった。


 ボクでさえ達成できないと思うほどだった。主な問題は命だね。一人では百年かかっても船ができるかどうか……。地球の人々を説得できるかどうかも怪しかった。

 いわばボクたちは侵略者なわけだ。それで「この星に移住したいので、協力してくれませんか?」なんて言えるわけがない。うまくいっても、ボクが教えた技術が利用されて、戦争にでもなったらたまったもんじゃない。


 だからボクは人手を作ることにした。心を持たない機械人間、アンドロイドをつくることにしたんだ。


 材料を調達するのは苦労した。見た目は人間とほぼ同じでいいんだけど、材料を購入するためのお金とか、それを組み立てるための工具や場所とか……。


 試行錯誤して、なんとか一体完成した。名前は『よつば』。幸運が必要だった。

 そのときのボクは、夜もほぼ眠らず必死に作業をしていた。だから一年かからずに完成したけど、その反動かボクは身体を壊してしまった。

 よつばに看病されてなんとか力を取り戻したけど、アンドロイドをつくる気力が無くなってしまった。


「このペースでは無理だ」


 よつばを完成させたとき、それが頭によぎってボクは倒れた。見ないようにしていた現実を認めたんだ。


「三十九光年先のメアクルパの人々は今頃どうしているんだろう。ボクはもう、死んだものと思ってくれ……」


 ボクは疲れていた。また次の世界に旅立つまで、ゆっくりと生きたいと思っていた。地球に墜落して孤独だったけど、よつばがいた。心が無いと思いつつも、共に生活する中であるように感じてしまう。


 ある日、よつばが奇妙なものを拾ってきたという。ボクは見た瞬間わかった。


「あの子だ……」


 生命維持ポッドの中にはあの子がいた。ポッドのエネルギーは切れる寸前で、あと一ヶ月もったかどうかだった。


「博士! 名前は!」


 よつばが聞いてきたけど、名前はない。そもそもボクの子じゃあない。船の中にいたとき名前をつけようとも思ったけど、つけたくなかった。この子にはこの子の名前がある。


 色々考えた結果、数少ない知り合いである『江熊』にこの子を託すことにした。


「博士? いいんですか? あの子はこの星の人間ではないのですよ?」


「いいんだ。あの子は何も知らない……。物心ついたときにはもう地球人になっている。それに……、ボクの元々の使命を、あの子に引き継がせるのは荷が重すぎる」


「……あの子にはもう無いんだ。過去の事実も、見えなければ、わからなければ、無いのと同じなんだ……」

 あの子がこの星で生まれたように、すべて忘れて生きていってほしいと願った。


 そして、よつばについても悩んでいた。

 孤独に押しつぶされそうになって誰かに頼ると、今度はそれを失ったり自分の無責任さで迷惑をかけたりと、別の悩みができる。何度も「二度と作らない」と思っても、後悔を忘れてしまう。


 よつばには自己修復機能があるから、部品やエネルギーを自分で調達することができる。まず百年は動くだろう。ただ、仮想市で『人間として』生きていけるのだろうか?

 生きようと思えば何年でも生き続けられる。しかし社会的に生きるには問題がある。よつばは歳を取らないし、この星の常識を知らない。見た目は成人した女性だ。ただそれは見た目だけで、心が無い……。心が無いのならいっそのこと……。


 いや、駄目だ。よつばには心がある。ボクの孤独を分けてあげたんだ。だからずいぶん楽になっている。心があると思えばあるものだ。よつばも人間としてこの星で生きていけるようになんとかしなければ。



 それからしばらく砂潟の洞窟で、よつばとの生活を過ごしていた。よつばには社会勉強ついでに仮想市のことを調べてもらった。ボクと仮想市に何かつながりがあるのはわかっていたからだ。偽名をいくつか使いこなしていた。特に『利久比エリ』というのを使っていた。

 ボクは研究をしていた。主に巷で流行っているゲームやインターネットでの交流など……ね。遊んでいたわけじゃあない。



 そんな日々が十年くらい……経ったときだ。『悪魔』が襲ってきた。いつかそのときが来ると思っていた。

 ボクは悪魔に勝ったことがない。勝ったこともあるけれど、最終的には負けて終わる。


 深夜、洞窟の自室にいたボクは、悪魔の不意打ちによって瀕死になった。よつばがボクを抱えて外に逃げた。誰もいない夜の町を、あてもなく逃げてくれた。


 そしてよつばも傷を負い、追いつかれてしまった。

そこは黒神石の前だった。


「やあ! 仮想市は楽しめたかな?」


 悪魔はボクと同じ口調だ。ムカつくなあ……。

「……お願いだ。よつばは……見逃してくれ……」


「見逃す? うーん……、それってこの機械のこと? ハハッ! キミがそんなこと言うなんてねえ!」


「……。お願いだ……。よつばは機械かもしれない……、だけど人間らしさを……人間らしく得ようとしている……。……よつばは……ボクの大事な人なんだ……」


「ダメです! 博士! 博士は魔法が使えるとか言ってたじゃないですか! 諦めたらダメです!」


「……よつば……ボクはコイツには勝てない……逃げ続けていただけだ……」


「ハハッ! そういうことだよお。よ、つ、ば、クン!」


「『人間らしさ』ねえ……。いいよ、キミは生かしてあげよう……。ただし『人間として生まれ変わって』だ!」

 ……。


 悪魔がよつばをどうしたのかはわからない。

 最期に見たのは星空だった。ボクにはこの無数の星のどこにも帰る場所が無い。ただきれいな星空だった。



 ……。

 気がついたら私の部屋にいた。

 今までのは……勝又さんの人生だったのか?

 私は窓の外を見た。前見たときと変わらず星と家の光がぽつぽつとある。この光ひとつひとつに物語があるんだ。自分の身の回りの人々の顔が思い浮かんだ。


 勝又さんはたぶん『柔優』だった。本人が覚えていないこと、それに私が関係している。私も思い出せないけど……聞き覚えはある。


(「じゃあ……。『人間関係は勝ち負けじゃないことを知る』ことだ。全ての人の話をよく聞いて、その人の心を否定しないこと……。簡単そうに見えて、とても難しいことさ……。ボクは……、それができなかった……」)


 勝又さんができなかったこと……私にできるのだろうか?

 いや、やるしかない。負けても生きていられるうちは何度負けてもいい。最後に勝つまで……強くなるしかない。


 座って画面と向き合った。

 勝又さんの姿はなかった。

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