6周目3話江熊4話「圏外」

 僕は……人と会話するのが苦手です。話すことを組み立てないと、正しく伝わらなさそうで。

 その……、少しおかしいと思われるかもしれませんが、僕が生まれたところでは『空間伝達』での会話が使えたので……。声による会話は不慣れなのです……。






 突然、江熊さんは黙ってしまった。まさかこれで終わりなのか?

「江熊さん? その、大丈夫ですか?」

「……ええ。すみません。何も聞こえなかったでしょうか?」

「いえ、特に何も聞こえませんでしたけど」

「そうですか……。誰か聞こえた人はいますか?」

 江熊さんはみんなを見回すが、誰も聞こえなかったと気づくとうつむいてしまった。


「江熊さん、何か聞こえたんですか?」

「……僕は今さっきまで空間伝達をしていました。いわゆるテレパシーで、高次元を媒介することで伝わるのですが……。誰にも伝わっていなかったようですね……」


「待って」


 そう言ったのは柔さんだった。


 「その話、何か聞き覚えがある……。たしか私の弟が同じことを言っていたような気がする……。それって『頭の中から直接聞こえるよう』とかそういうこと?」


 江熊さんの顔が上がり、明るくなった。

「ええ! そうです! そうです! 聞こえる人もいる! そうですそうです! 頭の中から!」

「その、よろしければ、弟さんの話を聞きたいのですが……」


 柔さんの顔は少し曇った。何か言いにくそうなことがある顔だった。


「……その、弟さんと……」

 不安そうに聞き返したが、柔さんは黙ったままだった。


「……もしかして!」

 目を大きく開き、柔さんをじっと見つめている。柔さんは頭を抱え、大きくため息をついた。

「……私は聞こえないわよ」


「私の弟は今……行方不明なの……」

「えっ」

「……その『最近ずっと声が聞こえる』っていうのを相談というか、話してきたことがあったの。特に気にしていなかったんだけど、それからすぐに……どこかに行ったの」


「すみません……」

「いいの。でも『弟に聞こえていた声』っていうのがあなたなのかしら?」

「それは……違うと思います。空間伝達は初対面の人に試しに使う程度ですので……。それに……こういう室内なら円滑に送受信できるのですが、屋外だと五メートル以上離れると正確に聞こえないのです。ですので弟さんの声は……」

「そう……別の話ね」

「だと思います」


 二人は何も話さなくなってしまった。江熊さんは何か考え事をしているような顔で僕を見ている。

「……江熊さん? 話は以上でしょうか……?」

「いえ、もう少しだけお願いします……」

 そう言うと、また黙ってうつむいてしまった。

 『空間伝達』とかいうのは本当なのだろうか? ちょっとした冗談ではないのだろうか。



「エ…………マッ……」


 声がする! ゲームの中からパソコンからではない!

「エニ……エ……グ……」


 声が頭の中から聞こえる! 遠くから誰かが話すようにいる!



「やっぱりダメですか……」

 江熊さんは残念そうにより深く沈みこんだ。


「……江熊君? さっきから思ってたんだけど……。話したいことがあるのなら声にしないと伝わらないわよ。伝えるっていうのは相手がいてこそなの。その、空間伝達? も伝える手段の一つでしかないわ。それが使えない人にはきちんと声にして話すこと。……わかった?」

 驚いたような顔で柔さんの顔を見ていた。

「わかった? それとももしかして……」

「いえ! そうですね……。声にするのは大事だと思います……わかりました……」

「それでよし」

 柔さんが微笑んだ。さっきまでの会話はまるで姉弟のように見えた。


(消えた……)

 話が終わると同時に、さっきまで頭の中を反響していた声が消えてしまった。江熊さんの声は私には聞こえていたらしい。

 しかし、いったい何を言っていたのだろう。

 エニグマ……?

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